[97]正座の交渉


タイトル:正座の交渉
発売日:2020/08/01
シリーズ名:某学校シリーズ
シリーズ番号:12

分類:電子書籍
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:48
定価:200円+税

著者:虹海 美野
イラスト:時雨エイプリル

内容
某出井高校は部活の盛んな自由な校風の学校だ。
計太の入った生徒会では、各部の希望に沿った予算組みができないことが課題だった。
そんな時、某瑛高校から意見会の誘いを受け、和室で先生から正座の仕方を教わっている時、映像研究部に会う。
学校説明会で映像研究部の作品を発表していると聞いた某出井高校の生徒会は、新たな予算組みを試みようと思いつく。
予算組みに際し、計太は新たな某出井高校の部活のありかたを提案し……。

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本文

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 鹿毛山計太は今年某出井高校に入学した。
 某出井高校は部活が盛んであり、しかも初心者への門戸も広く、それでいて好成績、好実績を挙げる活気ある学校である。
 クラスでの自己紹介では、文化部に入りそうな印象の後居ウタという女子が、水泳部に入部すると言い、クラスをわかせた。
 計太の隣にいた女子はダンスをずっとやっていて、ダンス部に入ると言っていた。俊敏さを備えた、それでいて華のある雰囲気で、すぐにでもプロのステージに立てるのではないか、と彼女のダンスを知る前から計太は勝手に思った。そして計太の後ろの席の女子は、子どもの頃からファッションに興味があり、服飾部に入部したいと言った。某出井高校は自由な校風で有名な学校で、制服はオーソドックスな黒をベースにしたデザインだが、多くの生徒は市販のシャツなどで自己流の着こなしをし、それも校則違反にならなかった。そうした中でもこの女子は麻や綿の上品なシャツを黒のブレザーの下に合わせ、多くの生徒が使用するローファーやスニーカーではない、ちょっと個性的な革靴を履いて登校していた。某出井高校ではそうした個性も好意的に受け止める生徒が大部分で、服飾部に入る、といったこの女子には皆が納得の視線を送ったのだった。
 そんなふうに周囲を見ていた計太だが、計太自身はそうした自由な校風に引かれてこの高校に入学しており、自身が何かの部に入る、という明確な目標はなかった。
 そんな時、教室を回ってきた生徒会役員の募集案内を聞き、やってみようか、というくらいの気持ちで生徒会に入ることになった。正式には役員選挙を経て生徒会役員になるのだが、事実上、生徒会希望と言って生徒会役員室に入れば、もう生徒会役員という扱いになった。
 早くに生徒会に入った計太は先輩たちと一緒に校内を回った。
 水泳部はまだ屋外プールを使える時期ではないので、トレーニングをしたり、よその屋内プールに練習に行くらしい。某出井高校の校庭は比較的広く、野球部とサッカー部の練習が同時にでき、屋外のバスケットコート、テニスコートもある。体育館のほかにトレーニングルームや武道場もあり、大抵の運動部は決められた場所で自由に活動ができているようだ。ただやはり部活の数が多いことから、ダンス部は現在体育館のステージ部分で練習したり、渡り廊下、中庭で練習するのだという。ほかにも管弦楽部やコーラス部など音楽の部も複数あり、日によって練習場所は変わるのだそうだ。また、備品がやや不足傾向にあるのも、これから解決していきたいと生徒会の先輩は話した。
 某出井高校の場合、部活予算というものが決められており、それを某出井高校の部活の中で割り振っていく。つまり、どこかの部の予算を増やせば、その分どこかの部の予算が減る、ということになる。そのため、予算を通すのに部活全体で使用するものの購入優先、などの決まりもあるのだという。だから、ボールや実験で使用する薬品は部内で使うので予算として通るが、活動のためであっても個人で使うものは、なかなか予算として出しにくく、そのあたりが公平さを欠いているように感じる、と先輩は言う。
 計太はそういった事情を聞き、少し納得するところがあった。
 計太は某出井高校以外の高校も何校か見学した。
 その中でステージの演出や衣装が豪華であったり、備品がしっかりと揃っている学校というのは、やはり実力もさることながらそれ以外の面でもしっかりとした印象がある。
 それは何とかしたい、と計太は思った。


 某出井高校が同じ沿線にある某瑛高校からの意見会のお誘いを受けたのは四月の終わりの土曜日だった。
 某瑛高校は土曜日も午前授業があり、その後新入部員勧誘などの時間が入るため、二時から開始とある。
 部活のある生徒会役員もいるので、三年男子の会長、副会長、二年の女子一名、一年の女子一名と計太の五名で行くことになった。
 某瑛高校は以前は女子高で附属の大学にエスカレーター式に進学できた歴史あるお嬢様学校として有名だったが、現在は共学になり、エスカレーター式の附属大進学と併行し、国公立大学などの他大学への受験にも対応したカリキュラムに大幅変更した学校である。ほかに特徴として、お作法、お茶、お花の授業があり、お昼は給食だ。自由をこよなく愛する某出井高校の生徒には対角線上の存在と言ってもいいかもしれない。その某瑛高校からのご招待……。一体どんなお話をするのやら、と生徒会メンバーは顔を見合わせた。それでも向こうからのお誘いである、行ってみようではないか、という結論に達した。
 そして、当日、某瑛高校の校門が近づいたところで早くも某出井高校のメンバーはこの誘いを受けたことを激しく後悔し始めていた。
 某出井高校のメンバーはブレザーの下は色つきのワイシャツや、まだ襟がついたシャツならいい方でTシャツだのパーカーだのを着ているメンバーもいるし、ズボンの裾を適当に脛まで折上げていたりしているメンバーもいた。靴は自慢のおしゃれなスニーカーに蛍光色の靴紐を使用しているメンバーをはじめ、それぞれのこだわりというか、おしゃれというか、そういうものを極めて当日に臨んでしまった。
 しかし、この某瑛高校の生徒はブレザーにニット、リボンにネクタイの制服をきっちりと着こなしている。
 明らかに某出井高校のメンバーは浮いていた。
 しかし、だからといって駅のトイレに戻り、例えごくわずかにできる範囲であっても服装を正そうとは思わない。
 これが某出井高校で、だからこそ入学し、某出井高校の生徒になったのだ。
 ポリシーを曲げることは、その受験の志まで否定してしまう気がした。
 要は皆、意地になっていた。
「皆の者、参るぞ」と会長が武士のような言葉で言い、某瑛高校の門をくぐった。しかし、門をくぐる直前、会長がブレザーの下に着ている濃いブルーのパーカーのフードを若干ブレザーの中に入れたのを生徒会メンバーは全員後ろから見ていた。
 大理石の使用された来賓用受付には花まで活けられている。
 受付も手厚かった。
 某出井高校は奥の方で事務仕事をしている職員さんがいて、大抵は小窓をノックして呼ぶが、この某瑛高校には呼び鈴がついており、そもそも呼び鈴を鳴らす前にきれいにお辞儀をしてやって来てくれる。
 先輩が用件を伝えると、受付の人は内線電話を使い、何かを話し、「あちらのラウンジでお待ちください」と廊下の先を示した。
 行ってみると、近未来的なカフェテリアのようなテーブルと椅子がいくつも配置された場所があり、その通路を挟んだ先が生徒の昇降口になっていた。
「すみません、お待たせしました」
 声の方を見ると、とてもきちんとした感じの某瑛高校の生徒会メンバーが出迎えに来てくれた。
「いえ、全く待っていません」と会長がかしこまって若干的外れな返事をし、某出井高校のメンバーは軽く下を向いた。
 皆を代表してあいさつしてくれた三年生の生徒会役員の女子は茶川慈さんといい、その後ろにいた二年生の生徒会役員の男子は麦田潔くんといった。ほかの生徒会メンバーも自己紹介をしてくれ、某出井高校もそれに倣った。
「今日はわざわざありがとうございます」と某瑛高校の生徒会は全員で角度の揃った礼をした。
「いえいえ」と某出井高校の生徒会が慌てる。
「では、生徒会室にご案内しますので、そこで意見会の方、お願いします」
「ああ、はい」と某出井高校は頷く。
 廊下を進みながら、「きれいな学校ですね」と某出井高校の生徒が言うと、「よろしければ、少し校舎内を見てから生徒会室に行きますか」と某瑛高校の生徒会が提案してくれた。
「あ、いえ、そんな」と某出井高校の会長が慌てると、「ちょっと周るくらいで見ましょうか」と微笑まれる。
「じゃあ、少しだけ……」と、某出井高校のメンバーは某瑛高校のお言葉に甘えることにした。
 図書室や自習室、窓から校庭や体育館の場所を見せてもらい、一般の教室の前を通り過ぎる時、通路からとても広い和室が見えた。
「あの教室では何をするのですか」と某出井高校の副会長が訊くと、「お作法を学びます」という返答。
 某出井高校のメンバーは顔を見合わせる。
 そういえば、そういう授業があると聞いていたが、実際のイメージとはいまいち結びついていなかった。
「私たちの学校は、お作法、お茶、お花の日本文化を授業で学びます。女子高の名残、というのもあるかもしれませんけど、男子でも結構役に立っていますよ」
 某出井高校の生徒会女子は、仲間の男子を見てぷっと吹き出し、俯く。
 そこへ和装の女性が通りかかり、某瑛高校のメンバーが「先生」と言って、話し始める。
「こちら、某出井高校の生徒会の皆さんです」
 某瑛高校生徒会からの紹介に、普段自分たちの学校ではジャージ姿の先生を多く見慣れている某出井高校のメンバーはやや緊張しながら「こんにちは」とあいさつした。
 和装の先生はにこやかに、そしてお上品にあいさつを返した後、「これから和室の空気を入れ替えるところだけれど、よろしかったら、中も見学されますか」と、某出井高校のメンバーに尋ねた。
「もう、先生、換気手伝ってってことでしょう」と、笑いながら、某瑛高校の生徒会メンバーが言う。
「まさか。せっかくだから、オススメしただけですよ」と言う、和装の先生も笑っている。
 どうやらこのお上品な高校流の冗談の掛け合いだったらしい。
「せっかく来ていただいた生徒さんにお手伝いなんてお願いしませんよ。でも、見るだけでもよかったらどうぞ。とても落ち着くお部屋ですよ」
「靴下きれいですか?」と副会長が会長に訊く。
「そっちこそ、靴下から親指飛び出してないか?」とすぐに会長が副会長に確認する。『とても落ち着くお部屋ですよ』と先生のおっしゃった和室を前に、全く落ち着かない。
 いつもなら一緒に笑う某出井高校の生徒会だが、某瑛高校生徒会メンバーと先生の横でのやり取りで、今日は若干恥ずかしい。
「そんな、大丈夫ですよ」と驚く某瑛高校の人たちに、「すみません、いつものことなんで」と、これが某出井高校流のやり取りであることを計太は説明した。こういうところで、いつも通りというのも某出井高校の生徒ならではだが、もう少しお互いに理解し合えてからにしてほしい。
 先生は楽しそうに笑い、和室の戸を開けてくれた。
「今日はお作法の時間ではないので、そのまま上がってくださいね」
 先生は広い三和土で草履を揃えながら言った。
 どうやら入り口からこの学校では授業が開始されているらしい。
 よくわからないが、「失礼します」と言い、靴を揃えて皆、上がる。
 中は広い和室で奥の窓を先生が開けるとさわやかな春の風が舞い込んできた。
「いつもここでどんな授業をするのですか」と某出井高校の一年の女子が訊いた。
「ここではお作法の授業をします。正座の仕方、礼の仕方などから始めます」
「そうなんですか」
「少し、やってみますか?」
「え」と某出井高校の生徒会のメンバーはたじろいだが、「お願いします」と某出井高校の会長が声を張り、お作法の指導をしていただけることになった。
「じゃあ、某瑛高校の皆さんも復習で一緒に」
 先生は笑顔で言うと、正座の指導を始めた。
「まず、背筋を伸ばしてくださいね。それから、スカートの方は広げずにお尻の下に敷いてください。膝同士はつけるか、握りこぶしひとつ分開くくらいで」
 そこまで先生は指導し、某出井高校の女子はスカートを広げた状態から直した。
「脇は閉じるか、軽く開くくらいで。あと、足の親指同士が離れないように」
 先生は某出井高校のメンバーの正座を見て、「いいですね。そんなに緊張なさらないで、もっとリラックスして大丈夫ですよ」と笑った。
 そのまま少しの間、先生は某出井高校について質問し、それに某出井高校のメンバーが答えた。
 和装の先生は某出井高校の場所から、授業の様子、放課後の部活動についてまで興味津々の様子で訊く。
 授業はわりと皆真面目にやっていますとか、放課後の部活はすごく活気があります、というふうに、これは先輩が中学生向けの説明会で壇上に上がった時の要領で説明していった。
 途中、「すみません」と入り口の方から声がかかった。
「はい」と一番入り口に近い場所にいた某瑛高校の生徒が立ち上がり、応じてくれる。
 そこへやって来たのは、カメラを持った某瑛高校の生徒二人だった。
「すみません、茶道部の正座指導の活動かと思って声をかけたら、生徒会の活動でした」と、その生徒は先生に声をかけた理由を説明する。
「映像研究部の取材?」と先生はにこやかに訊く。
「はい」と生徒は頷いた。
「うちの学校、昨年から映像研究部がいろいろな部や学校の活動を取材して、それをまとめた映像を作っているんです。学校説明会でも編集したものの上映をお願いして、来てくれた中学生に見てもらっているんですよ」と某瑛高校の生徒会が間に入って説明してくれる。
「そうなんですか」と、某出井高校の生徒は映像研究部の生徒を見た。
「うちの部は、文化祭なんかの晴れ舞台ももちろん撮影しますけど、どっちかというと、そこにたどり着くまでの、あまり人が知らない活動を中心に撮影しているんです。だから、和室が開いていたので、もしかして茶道部が正座の練習を皆でしているのかと思って」と、映像研究部の部員が某出井高校の生徒に向けて言う。
「へえ」と、顔を見合わせる某出井高校の生徒会を前に、映像研究部の部員は「今日はどのような」と、尋ねた。
「生徒会の交流会に呼んでもらって、和室を見学させてもらっていました。某出井高校生徒会です」
 某出井高校の説明に、「うちの生徒会の改善点をいろいろと教えてもらいたくて来てもらいました」と某瑛高校の生徒会が加える。
「あの、それじゃあ、この様子を撮ってもいいですか?」
 映像研究部の提案に「私たちはいいけど」と、某出井高校の生徒会を某瑛高校のメンバーが見遣る。
「学校説明会の時に流す映像と、もしかしたらコンクールに出す作品に入るかもしれません。差し支えなければ、『某出井高校生徒会の皆さん』と、最後に載せますけど」と、映像研究部の部員が付け足す。
「全然いいですよ」と、某出井高校のメンバーははしゃいで、映像研究部の申し出を快諾した。
 最初は先生とともに正座をした状態で撮影し、次に某瑛高校の生徒と某出井高校の生徒が交互に並んで撮影し、最後にはいつものはじけた某出井高校の様子で先生も一緒に撮影し、その間の配置を決める様子も収められた。
「いいですね。全部使わせてもらいます。どんどん仲良くなる様子がわかって、すごくいいです。ありがとうございます」
 映像研究部の部員はそう言うと一礼して、和室を出て行った。
「映像研究部はそれまで発表なんかをしない部だったんですけど、今の三年生が入学した代でずいぶん積極的に活動を始めて、当時の二年生、三年生の培ってきたものを校内の人が初めて知る機会になりました。それに発表というだけでなく、学校のピーアール活動にも協力してもらえるかたちにもなりました。それまではなんとなく、正座をしたりする授業があって、きちんとした学校というイメージで見学に来てくれた中学生からしても、この学校の楽しい面だけでなく、映像研究部の作品を通して、この学校にこういう技術や視点で作品を作る生徒がいるんだ、ということも伝わっていると思います」
 茶川慈さんは、映像研究部の出て行った戸の方を見遣り、そう説明した。
 きちんとしているけれど、少し厳しそうな印象のある茶川慈さんの、とても温かい口調と眼差しに、計太は何かしら心を動かされるものがあり、それは某出井高校一堂、同じだったらしく、「映像研究部の人って、どんな感じなんですか」と一年の女子が訊き、「部長さんは、私たち生徒会とか実行委員みたいに交渉などには慣れていなくて、少し見ていて損しないか心配になることもありますけど、丁寧に作品を仕上げる人たちなので、すごく根気強いと思います」と茶川慈さんが答える。
 それに「先輩、映像研究部には珍しく親切です」と麦田潔くんが付け加える。
「私は配慮が行き届いているだけです。見習ってください、麦田くん」と即座に茶川慈さんが返し、某瑛高校のメンバーは笑っていた。
 その後も映像研究部の作品がどのようなものかを会長や副会長も知りたがり、実物を見せられないのが心底残念といった様子で茶川慈さんが熱心にその詳細を語ってくれたのだった。


 某瑛高校の生徒会室には驚いたことに座敷部分があった。
 そこにペットボトルのお茶とジュースと紙コップ、お菓子が用意されている。
 小さな器に活けた花が飾られ、某出井高校の女子が気づくと、「出来のいい作品を拝借してきました。二年の男の子の作品です」と教えてくれた。
「きれいですね」とそのまま思ったことを口にした某出井高校一年女子に、茶川慈さんはとても嬉しそうに「本人に伝えます」と言った。
「さ、どうぞ」と座敷に促され、「すみません」と某出井高校の生徒会メンバーは席に着く。
「先輩、正座、正座」と小声で某出井高校の生徒が囁く。
「さっき習ったんだから、ちゃんと座らないと」
 そんなやり取りを聞いていた麦田潔くんが「何も気にしないで、ゆったり座ってください」と声をかけてくれる。
「うちの厳しい先輩も今日は別ですから」
「麦田くん、後でちょっと」と茶川慈さんが麦田潔くんを睨む。
 二人を某出井高校の生徒会メンバーが見る。
 某瑛高校の生徒会のメンバーが、笑いながらその理由を説明してくれた。
 麦田潔くんが初めて生徒会室に来た日、これからの生徒会活動に向けて張り切っていたが、お作法の授業を受けているのにこういう場で正座をしていないことを茶川慈先輩に注意され気の毒なほど落ち込んだ一件があった。更に昔、女子高の頃に伝説のようなすごい生徒会長がいたが、その会長も生徒会室に来た初日に正座をしていないことを先輩に注意された過去があり、それを過去の生徒会活動記録ノートから発見した麦田潔くん以外の生徒会役員が大爆笑し、麦田潔くんはこの生徒会長と同じなのだから将来有望だという話になったことがあったのだそうだ。それとなく麦田潔くんにそのノートを読むように生徒会の先輩が言ったらしいが、麦田潔くんはノートを読まず、この伝説の生徒会長が学校に卒業生として訪問した際に初めてその事実を知ったという。
 ずいぶんおっとりしてそうなこの人たちにも、意外な一面があるのだと某出井高校の生徒会は思った。
 直球の笑いなら日常茶飯事だが、こういうひとひねりしたネタはなかなかない。
「チームワークのいい生徒会なんですね」と計太が言うと、「全然」と茶川慈さんと麦田潔くんが同時に言い、そこで某出井高校の先輩が「完璧じゃん」と言って遠慮なくお菓子に手を伸ばし、そこから一気に気を遣わない高校生同士の話に入っていった。
 ところで、「どうぞどうぞ」と勧められたお菓子は、百貨店で売っている高級品で、計太はやや恐縮し、「一方的にごちそうになってしまってすみません」と小さく言った。
「いえ、本当ならお弁当をこちらで用意したかったんですけど、二時からになったので、お菓子とお茶でのおもてなしで……」
「今回のお茶とお菓子をごちそうになっただけで、もう本当に感謝しかないです」と計太は言う。
 先輩が「教えてもらえる範囲でいいんですけど」と前置きし、某瑛高校は部活の予算をどう組んでいるのかと訊いた。学校内を軽く見学させてもらっただけだが、設備が充実していて、部活もいろいろとありそうだが、そのあたりはどうしているのか、と。
 某瑛高校の生徒会は顔を見合わせ、「うちの学校は文化祭は文化祭実行委員と一緒に部の活動を取り仕切りますけど、予算については学校の方からで、生徒会からではないんです」と答えた。
「あ、そうなんですか」と某出井高校の先輩は肩を落とす。
「うちの学校は決められた予算を、校内の部で分けていくんです。だから、本当はもっと予算を割きたい部があっても規定があったり、ほかの部との関係があったりして、思うように予算を割けないのを、なんとかしたいと思っています」
 いつもふざけてばかりの某出井高校の先輩が真面目な口調で説明する。
「そうなんですか。うちは活動実績や人数に限らず、学校の方から一定の額は出してもらえるらしいです」
「いいですね」
 これは某出井高校生徒会全員の本音だった。
「某出井高校さんは、もともと共学ってこともあると思うんですけど、どの部も実績がありますよね。うちの学校は元女子高なので、もともとあった女子の部活は結構成績もいいのですが、男子が全体的に大人しい傾向にあって、麦田くんが生徒会に入ってくれたのも、本来ある能力を男子が女子の指導力に押されて出さなくなっているってことで、それを改善したいって理由だったんですけど、何かいい方法っていうか、ありますかね」
 麦田潔くんとは仲があまりよくなさそうに見えた茶川慈さんは、麦田くんの名前を出し、生徒会に入った理由を説明した上で某瑛高校生徒会から見た改善点についての相談を打ち明けた。
「まあ、個人個人での変化は見ていればわかるんですけど、学校全体の雰囲気としてはなかなか変わらなくて」と某瑛高校三年の男子の先輩が続ける。
 某出井高校の生徒会メンバーは顔を見合わせる。
「女子がやってくれるなら、楽でいい気もするけど」と副会長が言い、「十分やってますよ。この前の資料作り、結局女子だけでやりました」と某出井高校の二年女子が言い、「それは生徒会室にあった古いロッカー運び出すのに、男子が駆り出されたからで、そんな某瑛高校さんの前で人聞きの悪いこと言わないでよ」と副会長がすかさず返す。「その後、コンビニでアイス買って休憩して、資料作りが終わった頃に戻って来たじゃないですか」と一年女子も加勢する。
「……すみません、うち、こんなんで」と計太は真面目に相談する某瑛高校を前に言い合いを始める某出井高校の一人として詫びる。
 某瑛高校のメンバーは笑って、「いえ、そういうやり取りを聞くだけでも、参考になりますから」と寛大な態度でいてくれた。
「本当、すみません、うちの学校全体的にこういう感じで、その時できる人がやるってくらいで、あんまり深く考えたことがなくて」と会長は改めて謝った後、某瑛高校の授業以外の様子を訊いた。
 某瑛高校ではしっかりした女子が多く、体育祭の指揮から、普段の教室移動に至るまでの主な声かけは女子が行っているという。
 某瑛高校の男子のよいと思う点を某出井高校の会長が訊くと、某瑛高校の生徒会女子は顔を見合わせ、それこそ資料作りだとか、片付けだとか、そういったこまごましたことを黙ってやってくれるとか、お花やお茶が意外と女子よりも上手であるとか、多少きつい口調で女子が何か言っても、怒ったりせずに丁寧な態度で接する、といったことが挙げられた。
「いいですね」と某出井高校の女子が言い、某出井高校の男子は僅かの間黙った。
「体育祭なんかの種目は、どうやって決めているんですか」と、会長がふと訊いた。
 某瑛高校の生徒会メンバーは顔を見合わせ、「体育祭実行委員と生徒会と先生とで決めてますけど、女子高の頃の種目を男女混合のリレーにしたり、騎馬戦を男女別にしたりして、基本的には変えてないです」と不思議そうに答えた。
「他校の僕が好きに意見だけ言うと、混乱を招くかもしれませんけど」と会長が前置きし、「全然構いません」と某瑛高校の生徒が身を乗り出す。
「もう少し、この学校の男子に合った種目を取り入れるとか、どうですかね。レースの途中で手先を使う関門があったりとか、それこそ応援合戦で男子に意見を出してもらって、華やかなパフォーマンスをするとか。例えば、ですけど」と某出井高校の会長は言って続ける。
「この学校に来た時点で、明らかに僕らは浮いている、と思いました。制服の着方だけではなくて、多分、普段の生活の意識する面が違うからだと思います。逆に言えば、この学校に馴染んでいる生徒というのは、言うまでもなく、僕たちとは違うよさを持っているわけですよね。それをまず最大限に引き出さないのは、なんだか惜しい気がします」
 そこまで言うと、某出井高校の会長は飾られている花を見遣った。
「考えてもみませんでした」と、麦田潔くんが言い、「その体育祭のアイデア、いただいてもいいですか」と、某瑛高校の三年の男子の生徒が訊き、「はあ、全然」と某出井高校の会長が頷く。
「まあ、資料作りをさぼってアイスを食べていた会長の僕が言うのもどうかと思いますけど」と某出井高校の会長はちょっと笑って、更に続ける。
「人って、自分のよさに気づいているようで、気づいていないこともあると思います。特に僕らくらいの年齢で、しかも進路を決断する時期も迫っている。そういう時に、思わぬところで活躍したとか、褒められたとか、誰かの役に立ったとか、最高に楽しかったとか、そういう場面がきっかけで初めて自身について知ることもあると思うし、その機会をくれる場所のひとつが学校かなと思います。僕が今の学校を選んだのは、大会の入賞常連者も初心者も、同じように部で活動できるところでした。部活見学をしていると、すごい記録を出す人も、初心者の人も同じ掛け声で、両者ともに励ますんですよね。頑張っているのは同じ、ということだと思いますけど」
 そこで某出井高校の会長はお茶を飲み、「答えになっていなくて」と頭を下げた。
 それに某瑛高校の生徒会一同は即座に「そんなことはありません」と答えた。
「とても貴重なご意見が聴けて、本当に感謝しています」と重ねる。
「え、え、そうですか?」と某出井高校の生徒会長は戸惑っていたが、某出井高校の生徒会長を尊敬の目で見ていたのは、某瑛高校の生徒会だけではなく、某出井高校の生徒会も同じだった。
「会長、僕も、初めて会長のよさがわかりました」と冗談で言った計太を「おそい」と会長が軽くどつく。
「あの、さっきの言葉、次の生徒総会で配布する資料に載せてもいいですか? もちろん、某出井高校の会長さんの言葉、というのも書きますから」
 茶川慈さんが身を乗り出す。
「え? いいですけど」
「さっき映像研究部に撮ってもらった映像も写真にして載せましょうか」と某瑛高校の生徒会が言い、「そうだね、頼んでみよう」と言った後、「写真、資料の方にも載せていいですか」と確認され、某出井高校は「はあ、構いません」と答えた。
 この後は部活や文化祭、修学旅行についての情報交換を行い、そろそろお開き、という時になり、「あの、最後にひとつだけ」と某瑛高校が切り出した。
「何ですか?」と会長が訊く。
「その制服の着こなし、皆さん、どうやって考えるんですか?」
「え……」と会長が絶句した。
「すごく素敵だよね」と某瑛高校の生徒会メンバーは目をきらきらさせて頷き合う。
「特に考えてはいないですけど……。まあ、好きな服とか、その時期に着やすいものを選んでます」
「そのパーカー、どこで買ったんですか?」
 その後も矢継ぎ早に、生き生きとした様子で某瑛高校の生徒は某出井高校の生徒会メンバーの私服について尋ねる。
 話していて気づいたが、どうやら某瑛高校の生徒さんというのは、百貨店が買い物の主流となっているらしく、それ以外の店というのをあまり知らないようだった。
 何はともあれ、初めての交流会はうまくいったようだった。
 次は某出井高校にご招待すると約束し、某瑛高校を後にした。


 帰りの電車の中で、計太は「某瑛高校の説明会ではあの映像研究部の作品を学校紹介として使うって言っていましたよね。ああいうふうに、部の活動で、部の範囲を超えるって、いいですよね」と言った。
「考えていたんだけどさ」と会長が切り出す。
「うちの学校予算を組むのに、規定があるけど、もし、例えば美術部に演劇部の背景作成を頼むとか、そういうふうに、お互いの活動で補っていくってどうかな。まあ、その部ごとにやりたい方向性があるだろうから、どう受け止めるかはわからないけど」
「いきなりお互い協力してやれって言われても混乱はすると思いますけど、先のことを考えればやってみる価値はありますよね」
 ほかの生徒会メンバーも頷く。
「あと、僕個人が思ったことなんですけど、初心者から上級者まで受け入れる部活の盛んなところがうちの学校のいいところで、そこからもう一段回、引き上げられませんか?」と計太は某瑛高校の映像研究部を見てからずっと思っていたことを口にした。
「どういうこと?」と副会長が訊く。
「三年間、部活を楽しむ。それに校内のほかの部との連携、依頼によって、高校生の部活であってもある種のプロ意識みたいなものも育めませんか? 今日、某瑛高校の映像研究部の話を聞いて思ったんです。予算は某瑛高校のようにはいかないけど、活気とやる気はうちの学校も十分あります。だから、その楽しいって意識から、依頼されることでの責任感とか自信とか、そういうことを学ぶ機会にしたりできないか、と」
「いいと思う」と会長が目に力を入れて笑った。
 この日一度学校に戻ったメンバーはとりあえず五人で今回の案をまとめ、改めて定例会の日に話し合いをし、顧問を通じて、各部へ提案することになった。


 生徒会役員選挙も済み、すぐに各部の予算が組まれるので、連休明けには部の代表者を集めての説明会が行われた。
 絨毯の敷かれた多目的室を集合場所とし、生徒会役員はそこに正座をし、各部の代表者が集まるのを待った。
 今回の提案が生徒会役員なりに真剣なものだという思いを態度として、示そうと会長が提案した。
 どやどやと入ってきた各部の代表は、リラックスはしているものの、部の予算にまつわることの会議とあって、緊張感を漂わせている。
 各部の代表が集まったところで会長が正座をしたまま「今日、新しい予算組の会議のため、集まってくださってありがとうございます」と礼をし、生徒会一同もそれに倣った。
 いつにない生徒会の改まった様子に、各部の代表は何事か、といった様子で見ている。
「毎年、予算を決める時に、どの部活にも希望通りの予算が出ないことを、僕たち生徒会はなんとかしたいと考えていました」と会長が切り出す。
 各部の代表が真剣に生徒会役員を見つめる。
 会長は一呼吸置くと、「うちのホープの計太が、ある提案をしまして、そこから今回の具体的な話し合いにこぎつけました」と、突然計太の名前を出した。
「え」と驚く計太と、つい先日正式に生徒会役員になった一年生の計太の名にざわめく各部の代表。
 会長はそんなざわめきも構わず、「ほら、早く説明しろ」と計太を促す。
 計太は立ち上がって礼をし、やや戸惑いながら話し始めた。
「先日僕たち生徒会は某瑛高校に意見交換をしにいかせていただきました。某瑛高校では、舞台や活躍の見える場以外の日ごろの活動を映像研究部が撮影し、編集して発表し、学校説明会でもその作品を使用しているそうです」
 計太が何を言おうとしているのか、集まった部長やマネージャーは顔を見合わせている。
「今、わが校は部全体で使用するもの以外をなかなか予算では買えません。けれど、部活同士協力し合って、例えばある部の使用するものを作れる部があるとすれば、作ることを依頼された部はそれを部費として以前より通しやすくなりますし、依頼した部も普通に買うより安く、またニーズに合ったものが使えるようになるかもしれません。本当にこれは今回生徒会で出た意見で、まだまだ課題もあると思いますが、部活同士の依頼には生徒会も介入し、できるかぎりお手伝いしますので、強制ではありませんが、すこし検討してもらえませんか」
 ざわめきはじめた室内で、吹奏楽部の部長が挙手した。
「それは例えば、うちの部の活動を記録として、撮影するのを部内の保護者の方にお願いして、それを部員に配ったりするのは各部員の自費になっていますけど、映像研究部に任せると、映像研究部の予算がおりやすくなるとか、そういうことですか?」
「はい、一人ずつに配られるデータ分に関してはこれまで通り自費にはなると思いますが、もし仮にお互いに了解が取れれば、撮影に使用するカメラも映像研究部にある学校のものを使用してもらえます」と計太は答えた。
 野球部の部長が挙手した。
「それで予算が浮いたり、多くもらえたりする部にはいい案かもしれませんけど、それ以外の部にとっては、予算を減らされる可能性が高くなるって話だと思います」と言った。計太はすぐに答えられず、賛同する声は次第に大きくなる。
 計太は手を握り込み、声を張った。
「これは僕個人の意見ですし、校内のことではありますが、依頼を受けて何かを作る、というのは、プロ意識や原動力など新たな可能性にもなるのではないか、と思います。そういう環境で学ぶことで、また新しい可能性をこの某出井高校に作りたい、と生徒会は考えています」
 一気に意見を述べた計太は「どうでしょうか」と小さく訊いてみた。
「もちろん、各部の希望に沿った予算がでるよう、微力ではありますが、引き続き生徒会も頑張ります」と、会長が言い、「一緒に頑張ってよりよい某出井高校にしていきませんか」と呼びかけた。
 ざわめきの中にはさまざまな声が混じっている。
 それでも、生徒会は皆の答えを待った。
 次第にざわめきが小さくなり、だんだんと拍手が起こり、それが大きく多目的室に広がった。
「了解です」
「頑張れ」
 そんな声があちこちから聞こえてくる。
 ここからだ、と計太は思う。
 そして多分、このささやかではあるけれど、精一杯の提案は計太や生徒会メンバーをも前進させてくれると思った。


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