第11回 正座に関わった日本の偉人達パート2

掲載日2016/09/11
著者橋詰 康子
イラスト時雨エイプリル
 さて、9回目に引き続き“パート2”と称して、日本において正座に関わった偉人たちを紹介していきます。
 皆さんは、正座と聞くと誰を思い浮かべるでしょうか? 主に禅寺に携わっている方や、ファンであるなら前回に取り上げた新撰組の面々が脳裏に浮かぶ方も少なくはないと思います。
 しかし実は、近代の正座を語るにあたって、外せない偉人が文学界にいるのです。それがお札の絵柄でもおなじみ、夏目漱石(1867-1916)です。
 今の正座と呼ばれる座り方が、「正座」として民衆にも広まったのが近代の中でも明治時代からだ、ということは以前にお話ししましたが、それは明治時代の礼法教育で正座というものが決められ、正しい座り方として教授されたことからでした。
 その中で、たとえば夏目漱石の名作、「吾輩は猫である」が著されたのは1905年~1906年ですが、彼はかたくなに著作の中で「正座」という言葉を使っていないのです。
 彼の言葉でいえば、正座と思われる座り方は「かしこまる」や「端座」と称されて書かれています。また、翌年1906年に発表された「坊ちゃん」の中でも、酒宴で座っているシーンはあっても、「正座」という表現は全く出てきません。
 夏目漱石の生まれは1867年、つまりは江戸末期であるから、正座という座り方が浸透していなかった、という考えもあるのかもしれません。では、夏目漱石は、実際に今の正座と呼ばれる座り方をしていなかったのか?といわれると、そんなことはないのです。
 夏目漱石の弟子である寺田寅彦(1878-1935)をご存知でしょうか? 彼の著作の中の、「夏目漱石先生の追憶(1932)」では、彼と夏目漱石の思い出が描かれているのです。
whatisseiza_11_s2  その中に、夏目漱石が「いつも羽織を着て端然と正座をしていた」といった記述があります。ということは、夏目漱石は、少なからず正座には親しみがあったということなのです。
 もちろん、「端然とした正座」というものは、いまでいう「端座」と呼ばれる、正座と同様の座りかたのことを言っているのでしょう。当時は、「正座」という言い方が流通していなく、「端座」と呼ばれていたのです。
 そうなると、夏目漱石は普段から正座をしていたということになります。では、なぜ著作には「正座」という表現が出てこないのか? それは、当時の舞台背景が原因でしょう。
 明治期では、まだ「端座」を「正しい座りかた」とはしていますが、「正座」という呼び名では呼んでいないのです。したがって、正座という言葉が使われていないことが考えられます。

 いかがでしたか? 夏目漱石の作品には、正座という表現がないとされています。その代りに使われている「かしこまる」などの言い方は、「正座」という呼び名よりもある意味当時ではしっくりきたのかもしれません。同じことなのに、舞台背景で呼び名が変わっていく。調べる際に、長い時代の中で、そこを追及してみても面白いかと思います。ぜひ参考にしてみてください。
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参考文献
矢田部英正(2011)『日本人の坐りかた』集英社新書.

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