[203]正座先生・ギャラクシーと正座でしびれない方法



タイトル:正座先生・ギャラクシーと正座でしびれない方法
分類:電子書籍
発売日:2021/09/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:60
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 星が丘市に暮らす平凡な中学生・キョウカは、突如宇宙人に正座を教える『正座先生・ギャラクシー』に任命されてしまった!
 宇宙人の名前はミライ。
 先日、ミライに正座の基本を教えたキョウカだったが、これによって正座の奥深さに気づいた二人は、次は正座のなりたちから勉強してみることに。
 そんな調べ物のために星が丘図書館へ向かった二人は、そこで不思議な女性に出会い……?
 地球人と宇宙人、二人でいちから学ぶ、新しい『正座先生』シリーズ、第2弾です!

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本文

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「なるほど。正座とは、とても奥深いものなのですね」

 ――『その人』は、ある日突然やってきて、そう言った。

「……わたしも、完全にミライさんに同意だよ。
 これは確かに……一年間みっちり学ばないと、とても『正座先生』にはなれそうにもないね」

 『その人』の名前は『ミライ』さんという。
 そしてたった今、ミライさんに答える形で発言したわたしは『サワタリ キョウカ』という名前で、星が丘市にある星が丘中学校に通う、いたって普通の女子中学生である。
 そんなわたしは、たった今、ミライさんに強く同意していた。
 わたしたちは今日出会ったばかりで、出会ってからも、まだ一時間くらいしか経っていない。
 つまり、お互いについて、ほとんど知らない関係である。
 それでも、『正座とは奥深いものである』という考えについては、わたしたちは一致していた。
 その理由は……つい先ほど、いっしょに正座をしてみたからである。

「『百聞は一見にしかず』っていうけど……本当だね。
 わたし、実際に正座してみたことで『正座っていうのはこういうものなんだ』って、改めて、身をもって体験できたよ。
 それから、同時に……これまでいかに自分が、正座について知らなかったかがわかった。
 正座っていうのは、たった一回正座をすればマスターできるようなものじゃない。
 長く、きれいな姿勢で正座を続けるには、色々な工夫や知識が必要なんだよね。
 つまり……正座はすごく奥深いものだって、わかっちゃったよね」
「はい。私もキョウカに同意します。
 私たちは、これから正座をするために、正座について、もっと、もっと知る必要があります。
 あの、でも、キョウカ……。
 『百聞は一見にしかず』というのは、どういう意味でしょうか?
 私、その言葉を、今初めて聞きました」
「あっ! ごめんね。
 『百聞は一見にしかず』っていうのは、日本のことわざだよ。
 とあることについて深く知りたかったら、百回話を聞くよりも、たった一回でもいいから、自分の目で見た方が、理解できるし、身につくよ! って意味の言葉なの」
「おおー! 理解しました。ご説明ありがとうございます。
 キョウカは説明がお上手ですね。
 これで私はまた一つ、地球について知りました」
「うふふ。ありがとう」

 ……今、この会話を聞いたことで、みなさんはミライさんについて、一つ、確実な情報を得たことだろう。
 それは、ミライさんは『百聞は一見にしかず』という言葉を知らない人である。
 ということだ。
 ここからみなさんは、きっと、次のように考えるだろう。
 ということは、ミライさんは、ずっと日本にいる日本人だけど、あまり国語が得意ではないのかもしれない。
 あるいは、もしかすると、日本風の名前をしているけれど、本当は、日本語がお上手な外国人なのかもしれない。
 またあるいは、ずっと海外に行っていたなどの理由で、日本語が苦手な日本人なのかもしれない……。
 と。
 でも、実際はどれでもない。
 ミライさんは今『地球について知りました』とも言った。
 つまり……彼女は地球ではない星からやってきた人。
 宇宙人なのである。
 では、なぜそんなミライさんが、わざわざ地球にやってきて、先ほどわたしといっしょに正座をしたのかというと……。

「故郷の星で『正座を学んで来い』と言われたとき、私は『それはきっと、簡単なものなのだろう』と思い込んでいました。
 お恥ずかしながら、私はあまり故郷での成績が芳しくなかったからです。
 『そんな私に割り振られた役目ということは、きっと習得はさほど難しくない技術なのだろう』と、勘違いしていたのです。
 しかし……そうではありませんでしたね」

 そう。
 ミライさんは『正座』を勉強するために、宇宙を渡って、日本の星が丘市まで来たのだ。
 でもミライさんは、決して何も考えずに星が丘市を選んだわけじゃない。
 ミライさんは、出発する前から『星が丘市には、『正座先生』と呼ばれるほど、正座に詳しい人がいる』という情報を得ていた。
 だから、その『正座先生』に正座を教えてもらうために、星が丘市までやってきたのである。
 では、なぜ、ミライさんはその『正座先生』ではなく、この通り『正座初心者さん』であるわたしと正座をしているのか?
 ここに、わたしたちが抱えている問題がある。

「うーん……。
 もしかすると、二〇二一年の秋のわたし……『正座先生になっているわたし』だったら、ミライさんに、簡単に正座を教えられたのかもしれないね。
 でも、ここは二〇二〇年の秋で、ここにいるのは二〇二〇年の秋のわたし……『正座初心者さん』のわたしなので……。
 『正座先生』ではないけれど、ここにいる『正座初心者さん』のわたしと、頑張っていこうね!」
「はい! もちろんそのつもりです。
 確かに私は目的地を間違えてしまいました。
 二〇二一年の秋の日本へ向かうはずのところを、二〇二〇年の秋の日本に来てしまっています。
 しかし、これによって二〇二〇年の秋のキョウカ、つまり『正座初心者さん』のキョウカに出会えたのは、運命だと思っています。
 私が師事する人は、二〇二〇年の秋のキョウカだけです。
 キョウカ。改めまして、よろしくお願いしますね」
「ミライさん……! こんな未熟なわたしでもいいなんて、うれしいよ……!」

 感激のあまり、思わずウエーン! と涙が出てしまいそうになったけれど、泣いている場合ではない。
 その理由は、今、ミライさんが全部説明してくれた通りである。
 そう。ミライさんは間違えたのだ。
 ミライさんの星は、地球よりもはるかに優れた技術を持っている。
 だから、時間旅行もお手の物らしい。
 なのでミライさんはその時間旅行ができる機械を使って、当初、二〇二一年の秋の日本に向かう予定だった。
 そこには、その理由はまったくわからないけれど……『正座先生』と呼ばれるほどに、正座に関する様々な技術と知識を習得した、すごいわたしがいるはずだったからだ。
 だけどミライさんは、目的地の時間を一年、間違えた。
 その結果、今のわたし。つまり『正座初心者さん』のわたしと出会うことになってしまったのである。
 『だったら、もう一度機械を操作して、もう一度時間旅行をする。そうやって、二〇二一年の秋の日本に行けばいいんじゃない?』
 と、みなさんは思っていることだろう。
 だけどこの時間旅行の機械は、何度でも簡単に使用できるというものではないらしい。
 具体的には……なんと、一度使用すると、次の使用までは、一年ほども機械を充電しなくてはならないのだという。
 それゆえにミライさんは、充電が終わるまで、この二〇二〇年秋の星が丘市で過ごすことになってしまったのである。

「頼りなくてごめんね。
 でも、二〇二〇年秋のわたしも、無策ってわけじゃないから。
 わたしたちには! この『正座マニュアル』がある!」

 だけど、そんなわたしたちにも希望はあった!
 わたしは以前、少しだけ正座を勉強したことがある。
 そしてそのときに、この『正座マニュアル』という本――正確には『冊子』くらいの厚さだけれど、日本語が不得手なミライさんには伝わりにくいかもしれないので、『本』と呼びます――をもらっていたのだ。
 これは『捨てる神あれば、拾う神あり』ということだろう。
 『正座初心者さん』のわたしであっても、この『正座マニュアル』を使えば、少しくらいはミライさんに正座を教えることができるのである。

「キョウカがお持ちのこの『正座マニュアル』は素晴らしい本ですね。
 まず、本の中で、正座についてわかりやすく説明してくれる。
 次に、文中で紹介しきれなかったことについては、私たちが興味を持ち、学ぶ糸口をつかめるように案内してくれている。
 とてもよい入門書であると感じました」
「わたしもそう思うよ。
 この本って、まずは『正座の仕方』そのものを覚える。
 その後『正座を長く続ける方法』『しびれについて』『正座の歴史』といった、正座に関するいろいろなことについて学んでみるとよい。
 って風に、次に勉強するべきことを教えてくれてるもんね」
「ということは、次の私たちは『正座に関するいろいろなこと』について学ぶ段階に入ったのでしょうか」
「そうだね。困ったらこの『正座マニュアル』に戻りながら、興味のあることを勉強していくことになると思う」
「それでは、具体的には何を学ぶべきなのでしょう?」
「そうだな……」

 さすがに、そこまでは本は教えてくれない。
 もちろん、適切な選択肢は、ある程度用意してくれている。
 でも、最終的に決めるのは、今『正座マニュアル』を読んでいる自分たちだ。
 だったら……。

「まずはもう一度さっきまでしてみたこと、考えたことを洗い直してみよう。
 わたしたちはさっき『正座マニュアル』を読んで、その通りに正座してみたよね。
 そしたら、正しい形で正座をすることはできたけど、正座の姿勢を維持するコツは知らなかった。
 だから、ミライさんは足をしびれさせてしまったんだよね」
「そうです。これによってわたしたちは、正座とは、単に正座の姿勢を取れば終わりというものではない。
 たとえば、長い時間美しい姿勢で正座を続けたければ、それ相応の知識が必要であると学んだのです。
 『しびれ』は生まれて初めて経験しましたが、あれはつらいものです。
 『しびれ』は、長時間正座をする上での大敵です。
 できれば、二度としびれずに正座をしたいものです」

 そう言いながら、ミライさんは顔をしかめる。
 それから、もうしびれてはいないはずの足を、大切そうにさすった。 
 そのくらい、つらい体験だったのだろう。
 実際、ミライさんの言う通り、『しびれ』はつらいものだし、それ以上に危険な存在だ。
 身体がよくない状況にあるというサインだし、何より足に『しびれ』が起きている場合、とても正座は続けられない。
 たとえ無理を押して続けようとしたところで、足が言うことを聞かず、姿勢が崩れてしまう可能性が高くなる。
 それはつまり、ケガの危険性まで生まれてくるということである。

「そうだねぇ。『二度としびれない』っていうのは難しいけれど……。
 『できるだけしびれないように正座する』ことはできるから。
 じゃあ、学びたいことのひとつは『正座を長く続ける方法』と、それから『しびれについて』だね」
「……そもそも、日本人はなぜ『正座をしよう』と思ったのですか?
 誰が『正座』という座り方を思いついたのでしょう?」
「それも気になるね。
 ということは『正座の歴史』も勉強しなくっちゃ。
 ……結局『正座マニュアル』にある、次に学ぶといいことと同じになっちゃったね。
 みんなが気になるだろうことを『正座マニュアル』の中ではまとめてくれてるんだろうなぁ」
「ということは、これらは『正座マニュアル』には載っていない……?」
「そういうこと。『正座マニュアル』は、無料配布のあまり分厚くない冊子だから、初心者向けの、基礎的な情報がメインで、上級者向けの情報は載っていないんだ。
 詳しく勉強するためには、どこかに調べに行かないといけないね」
「えーっと……」

 ここでミライさんは、困ったような顔になった。
 無理もない。ミライさんは、この星が丘のことはもちろん、地球のことを、まだまったく知らない。
 調べ物がしたくても、それができる場所を知らない。
 それから、『そもそも、故郷の星にいたときと、同じような調べ方ができるのだろうか?』と不安を感じているのだろう。
 だからここは、わたしが『どこで、どんな風に調べるか』を提案するべきだ。
 そこで、まず最初に思い浮かんだのは、今いるわたしの部屋にあるパソコンを起動して、インターネットを使って調べるという方法である。
 もちろん、それもよい調べ方だ。
 実を言うと『正座マニュアル』には、正座に関する疑問に答えてくれそうな、参考ホームページのアドレスが、いくつか掲載されている。
 きっとここにアクセスすれば、今わたしたちが感じている疑問は解消できるだろう。
 だけど『ご自分で調べてみるのも、きっと楽しいですよ!』という記載もあるし……。
 それに、このままずっと部屋にいては、ミライさんは星が丘のことをわからないままである。
 だから、わたしたちは、まずは自力で調べ物をしてみた方がいい。
 『正座マニュアル』に載っているホームページに頼るのは、それからでもいいと思った。
 それなら……!

「ミライさん! 図書館に行ってみようよ!
 星が丘図書館になら、わたしたちの知りたいことが書いた本が置いてあるかも!」
「図書館! その文化なら知っています。私の故郷にもあります!
 それは■■■■で、■■■■■をする場所ですね?」
「わーっ! ミライさんの言葉が宇宙語になっちゃった!」

 ここで一つ、補足をしておこう。
 ミライさんの故郷では、当然独自の言語を使う。
 なので、ミライさんがそれをそのまま話すと……。
 わたしには、とても聞き取れない音になってしまうのだった。


「あぁ! 図書館は面白かったですねぇ!」

 それから、約二時間後。
 わたしたちは今『星が丘図書館』で本を探し終えて、その地下にある会話OKの喫茶店に入ったところだ。
 星が丘図書館は、わたしの家から約三十分ほどのところにある。
 つまり一時間半くらい、わたしたちは本選びに夢中になっていたということになる。

「フフフ。ミライさんが喜んでくれてわたしも嬉しいよ。
 わたしも、図書館に来るのは久しぶりだったんだ。
 だから、うまく本を探せるのか心配だったけど……杞憂だったみたいだし、色んな本が見られて勉強になった。来てよかったね」
「はい! では、さっそく見つけた本を確認しましょう」

 そして、長時間にわたる本選びの成果は、結論から言うと……。

「三冊かぁ……。
 正座に関する本って、思ったよりも取り扱いが少ないんだね。
 正確に言えば『正座だけを取り扱っている本』がとても少なかったっていうか」
「キョウカのアイディアで『正座のことも取り扱っていそうな本』まで探す範囲を広げたのは正解でしたね。
 正座とは、日本の文化を楽しむために必要なもの。
 つまり、日本の文化を扱った本にも、正座に関する情報が載っていることがあるのですね。
 具体的には、空手、茶道、華道、剣道……。
 これらの本に、正座に関する記述がございました」
「そうだね。その四冊は内容が少し似ていたから、今回は空手の本だけを借りたけど……。
 星が丘高校で『正座マニュアル』を作っていたのも茶道部のみなさんだし、茶道部には、剣道部と兼部している人もいるってマニュアルの中に書いてあったもんね。
 正座を習得しておくと、色んな文化に応用できて、学びやすくなるってことなんだろうね」
「そのようです。
 そう思うと、正座だけでなく、他の文化にも関心がわいてまいりました!
 ……まぁ、もちろん、まずは正座をきちんと勉強しなくては、いけませんが……」
「そうだね。これは、図書館に来ないとわからないことだった気がするね。
 実は、わたしの部屋のパソコンで、正座だけについて調べるって方法もあったんだ。
 だけど……ずっとうちにいても、息がつまっちゃうと思ったんだよね。
 だから図書館に来てみたんだけど、図書館だからわかることが見つかってよかった」
「そうだったのですね。
 私も、キョウカの意見に賛成です。
 もちろん、家で学ぶことも大切です。
 ですが、今日の私たちにとって、図書館に来ることは思いがけない情報を手に入れるきっかけになりました。
 それだけではなく、よい気分転換にもなったように感じます」
「だね! これも、星が丘高校茶道部のみなさんのおかげかも!
 『正座マニュアル』には『自分で調べてみるのも楽しいよ』って書いてあったんだ。だから、それに従ってみようと思ったの!」

 わたしの言葉に、ミライさんが笑顔で頷く。
 それからゆっくり口を開いて……。

「むむむ……? おぬしたち、今『星が丘高校茶道部』とおっしゃったでござるか?」

 と言った。

「え? ござる?」
「うむ。ござるでござるよ」

 うん?
 どうしたんだろう。
 これまでずっと、敬語でお話しされていたミライさんの口調が、急に古めかしいものに変わってしまった。
 なんだかまるで、武士とか、忍者のようである。
 もしかして、さっき図書館で、それらに関する本も読んだのかな?
 ……と、一瞬思ってしまったけど、われながらその考えは明らかにおかしい。
 そもそもこの声は、ミライさんのものではない!

「おっと突然申し訳ないでござる。
 拙者、怪しいものではござらん。
 『星が丘高校茶道部』という、耳慣れた単語が耳に入ったもので、思わず話しかけてしまったでござるよ」
「と、いうと、あなたは……?」

 ミライさんではない声の持ち主さんは、星が丘高校茶道部について知っている……?

「実は拙者、星が丘高校茶道部の部員なのでござるよ。
 あっほら、これが学生証でござる」
「な、なんですってー!」

 これも、外に出て、自分たちで調べようとしなければ出会えなかったことだ!
 ミライさんではない声の持ち主で、星が丘高校茶道部の部員であるらしいその方は、カバンから学生証を取り出すと、わたしたちに見せてくれる。
 そこには『ヤスミネ マフユ』というお名前とともに、彼女の顔写真が並んでいた。

「拙者『ヤスミネ マフユ』と申す。
 ……もしよかったら、何が『星が丘高校茶道部のみなさんのおかげ』だったのか、聞かせてほしいでござるよ!」

 ということは、彼女こそが、あの『正座マニュアル』を作った人……!?

「よろこんで! わたしたちもぜひ、ヤスミネさんとお話がしたいです。
 ねっ、ミライさん!」
「はい! ぜひよろしくお願いいたします!」

 そうとわかれば、こちらこそ、ぜひお話しさせていただきたい。
 わたしたちはヤスミネさんに、同時に深く頭を下げた。


 そして、喫茶店での出会いからさらに約一時間後……。

「さぁさぁ、どうぞこちらへ座るでござるよ!
 ゆっくりしていって下さいな!」

 わたしたちは、ヤスミネさんのご自宅に招かれていた!

「あっ、あっ、ありがとうございます!
 あの私……なんとお礼をすればよいか……」
「お礼なんてとんでもないでござるよ! 拙者がお二人とお話がしたくて、お招きしただけなのでござるから!」

 ヤスミネさんのご自宅は、なんと星が丘神社の境内にあった。
 そこは大きな日本家屋で、なのに境内からは絶妙に見えない位置にあり、わたしたちはなんだか異空間に来てしまったような気分だ。 
 ミライさんもこの通り、すっかり緊張してしまっている。
 それも自然なことだ。
 ヤスミネさんのご自宅は、ミライさんにとって、地球に来てから二番目にお邪魔にしたおうちである。
 それが、こんなに大きくて、立派で、歴史のありそうな場所で……さらに、なんだか外とは別世界のような空間であったら、きっとわたしでも『うっかり失礼をしてしまわないだろうか?』と、心配になってしまうことだろう。
 というか、実際問題、わたしも『うっかり失礼をしてしまったらどうしよう』と、不安でいっぱいになっている。
 だって、ヤスミネさんが星が丘神社に住んでいるということは、ヤスミネさんのご家族は、星が丘神社を管理されているか、管理のお手伝いをしているということで間違いなさそうである。
 つまり、わたしたちは今神様の近くにいる。

「あの、ヤスミネさん。お伺いしたいことがあります」
「うん? なんでござるか?」
「あの、星が丘神社って……『部活動の神様』がいる神社ですよねっ?」
「さようでござる! 星が丘神社の神様は、頑張っているみーんなを応援している神社でござるよ!」

 そう。星が丘神社といえば、星が丘に住んでいる『真剣に取り組んでいること』がある学生の聖地!
 具体的には、たとえば、スポーツや芸術といった、学校で行っている『部活動』。
 たとえば、学外で教わっている『習いごと』や、個人的に打ち込んでいる『本気の趣味』も含めた、今学生のみんなが『真剣に取り組んでいること』を応援してくれる神様として知られているのだ!
 なので、実際は、特定の部活動をしている人以外にも人気なのだけれど『真剣に取り組んでいることを応援してくれる神様』と呼ぶと長いので、主に『部活動の神様』と呼ばれている。
 それもあって、星が丘に住んでいる学生のみんなは、大会やコンクールがあるとき、かなりの確率でこの星が丘神社に訪れる。
 そして、良い成果を残せることを、星が丘神社の神様にお祈りするのだ!

「やっぱり、そうですよね!
 今日、そんなところで星が丘高校茶道部の話ができるなんて……嬉しいです。
 ヤスミネさん、今日はお招きありがとうございます!」
「拙者も喜んでもらえてうれしいでござる!
 でも、拙者のことは気軽に名前で呼んでほしいでござるよ。
 拙者たちはもう、同じ正座を学ぶお友達でござろう?」
「じゃあ、マフユさん! 今日はよろしくお願いします!」
「よよよ、よろしくおねがいします……です……」

 まだ委縮しているミライさんと同時に、わたしは頭を下げる。
 わたしたち三人は、ここに来るまでの道で、お互いのことを沢山伝え合った。
 わたしとミライさんは正座に関心のある『正座初心者さん』で、星が丘図書館には、正座を勉強できそうな本を探しに来たということ。
 本を探した後は、星が丘高校茶道部のみなさんが作ってくれた『正座マニュアル』のアドバイスに従ってみたから、新たな発見があったと、ふたりで喜んでいたこと。
 なぜ『正座マニュアル』を持っていたかというと、それはわたしが以前、星が丘高校の学校祭に遊びに行ったことがあるから、ということを話した。
 対するマフユさんは、自分が星が丘高校に通う三年生で、今は茶道部の書記を務めているということ。
 『正座マニュアル』は茶道部に古くからある資料を、毎年改定しながら冊子にして配っている、大切なものであることなどを教えてくれた。
 もちろん、ミライさんが宇宙人であることはお話しできなかったけれど……。
 短期間で、正座の話題を通じて、わたしたち三人はとても仲良くなれたような気がする。

「そういえば、マフユさんは、学校祭にも参加されているんですよね。
 以前わたしが茶道部に見学に行ったときは、どうしてマフユさんとお会いできなかったんでしょうか……」
「実はその日、拙者は接客担当ではなく、外で呼び込み担当だったでござるよ。
 だから、茶室に来てくださったキョウカ殿と、外にいた拙者は、出会えなかったんでござろうなぁ」
「…………」
「じゃあ、当時は残念なことにご縁がなかったけれど、今日、ついにご縁が結ばれて、出会えたということですね!」
「そうでござるな! このご縁にカンパーイ! でござるな!」
「はい! カンパーイ!」
「……カ、カンパーイ……」

 とはいっても、マフユさんのご自宅に入った途端、ミライさんはすっかり緊張してしまったので、途端に口数が減ってしまっているけれど……。
 今は、わたしたちに合わせて『乾杯』というのが精いっぱいなようだ。
 しかも……。

「あぁぁぁっ!」

 ミライさんは突如、悲鳴を上げてしまった。

「ミライさん! どうしちゃったの? もしかして、また足が……」
「はい……しびれてしまいました……」
「あぁっ! ずっと正座をしていたから……」
「はい……マフユに、せめてもの敬意を表したかったのですが……」

 悪い予感は的中したようだ。
 ミライさんはヨロヨロと足を崩すと、その場に両手をついてしまう。

「なるほど。ミライ殿は、拙者に対する『尊敬しています』『真面目な気持ちで、この場に来ています』という気持ちを表そうとして、ずっと、まだ苦手な正座をしていたでござるな?」
「はい……。それから、畳の上では正座をするのが正式であると、図書館で借りた本にもございましたので……」
「なるほどなるほど。では、キョウカ殿。拙者と一緒に正座せぬか?」
「へっ? わたしですか? ……わかりました!」

 ミライさんはこのような気持ちで正座をしてくれていたようだけれど、実を言うと、わたしは正座をしていなかった。
 もちろん、わたしもミライさんと同じ気持ちだ。
 せっかくご自宅に招いてくれて、正座についてお話してくれるマフユさんに、尊敬と、今日、真面目な気持ちでここにきているという気持ちを伝えたかった。
 だけど……わたしにはそうする自信がなかった。
 もし正座をしたら、確実に足がしびれてしまうと思っていたからだ!
 対するマフユさんもまた、特に正座をしていなかった。
 これはわたしの推測だけれど……たぶん、自分が正座をしたら、わたしたちが『絶対に一緒に正座をしなくてはならない』と思ってしまうと考えたのだろう。
 でも……それならなんで今『一緒に正座せぬか?』と言ったのだろう?

「道々聞いたお話によると、ふたりはまだ『正座初心者さん』でおられるのだろう?
 なので拙者が、しびれにくい正座のコツをお伝えするでござるよ」
「本当ですか!」

 マフユさんはわたしの言葉にうなずくと、まだ足を崩したまま続ける。

「まず『しびれ』というのは、身体が教えてくれる『サイン』なのでござる。
 『この姿勢を続けると、身体によくないので、至急やめるでござる~!』と、痛みとして、身体の持ち主に知らせているのでござるな。
 逆に言えば、身体にいい姿勢を続けていれば『しびれ』が起きることはないのでござる」
「な、な、なるほど……! つまり私は、身体によくない姿勢をしていたので、短時間でしびれてしまったということですね……?」
「さようでござる。ミライ殿の技量を試すつもりはなかったでござるが……結果的にそのようになってしまって、申し訳ないでござる」
「とんでもありません……。それは、先ほどキョウカと正座をした時にも痛感したことです。
 これを今マフユからもご指摘いただいたことで、身をもって理解できました。ウグッ……!」
「ああ! ミライさん、無理しないで!」

 でも、ミライさんが、苦しそうなものの、さっきよりも饒舌になってきた。
 これは、今、もっとも勉強したいことである『正座』の話題になったからだろうか。
 だったらわたしがすべきことは一つである。
 ミライさんの代わりに、マフユさんのレクチャーを受けよう。

「ではキョウカどの。これから、拙者と同じように正座をしてみるでござる。
 まず、しびれが起きる原因は、その部分の血管が圧迫されているからでござる。
 たとえば、自分の腕を枕にして寝てしまったとき、目を覚ますと腕がしびれてしまっていることがあるでござろう?」
「あっ……そうですね! 起きたら腕の感覚がなくなっていて、上手く動かせなくて、びっくりしたことがあります!」
「これは、腕の血管が圧迫されていたのが原因でござる。
 つまり、正座をするときの場合は、足の血管が圧迫されないように座ることを意識するでござる」
「なるほど! 理屈はわかりました!」

 と、勢いよくうなずいてみたはいいけれど……正座というのは、膝から下に、自分の身体を全部乗せる座り方だ。
 なのに、膝から下の部分を圧迫しないなんてことが、できるんだろうか?

「では、拙者のまねをするでござる。
 足を圧迫しないコツは、まず、背筋をきちんと伸ばすことでござる」
「はいっ……やってみました……。
 ……あっ! なんだか、呼吸までしやすいような気がします」
「そうそう。それが『良い姿勢になれている』というサインでござるよ。
 次に、少し重心を前にしてみるでござる。
 こうすることで、かかとと、足の甲に体重をかけないようにするんでござるな」
「それはつまり、かかとと足の甲を、圧迫しないことにつながるんですね?」
「その通りでござる!
 また、今の背筋を伸ばした状態で、あごもきちんと引いてみるでござる。
 これによって、また重心が少し前になるのでござる。
 『あごを突き出す姿勢は避ける』『あごを意識して引いた状態にする』くらいがちょうどいいでござる。
 ほうっておくと、あごって、つい突き出してしまうでござるし……。
 それから、膝の頭と頭の距離を、少し開けるとよりよいでござる。
 さて、まずはこのまま正座を続けてみようでござる。
 キョウカ殿。キョウカ殿は、今、どれくらいの時間正座していられるでござるか?」
「ええっと……お恥ずかしながら、五分も正座できない気がします……」
「では、五分をまずは目指そうでござる。このままおしゃべりしたり、お菓子を食べたりしてもよいでござるからな」
「がんばって! ファイトです、キョウカ!」
「う、うん! がんばるね、ミライさん!」

 こうして、ミライさんに見守られながら、わたしとマフユさんの正座が始まった。
 わたしは緊張しつつ、マフユさんの所作を参考にしながら正座を続ける。
 マフユさんはこの間もおしゃべりしたり、お菓子を食べたりしてもよいと言ってくれたけど、正直なところ、それどころではない。
 だって『正座を学びたい』と言っておきながら、別のところに意識を持っていかれて、あっさり足がしびれてしまったら……。
 わたしはマフユさんに『やる気のない人』だと思われてしまいかねない。
 仮にそうなったとしても、マフユさんは優しい方だ。だから、わたしを怒ったり、落胆したりすることはないと思う。丁寧にもう一度やり方を教えて、励ましてくれる気がする。
 それでも、簡単にしびれてしまいたくはないのだ。
 なのでわたしは、マフユさんから聞いた『しびれないコツ』を、何度も頭の中で繰り返しながら正座する。
 そして、なんとか五分が経過したころ……。

「マフユさん……。ごめんなさい、足が、しびれ始める、予感がします……」
「おっと、それでは、少し身体を揺らして、身体の重心を移動させてみるでござる。
 こうすることで、今圧迫されている部分が少し楽になるでござるよ」
「はいいっ……あっ、ほんとだ!」
「それから、初心者のうちは、正座するときは、服装にも気を付けてみるといいでござる!
 たとえば、ジーンズのような、足にぴったりした服はしびれやすいでござる。足の圧迫を手伝いかねない部分があるからでござるな。
 そういえば、星が丘高校茶道部のOGも『正座初心者さん』のうちは、ジャージで正座の練習をしていたと言っていたでござる」
「えっ! そうなんですか?
 もしかしてその方々って『正座マニュアル』を作られた方々ですか?」
「さようでござる。正確には、現在の『正座マニュアル』のもととなる冊子を作った方々でござる!」

 そうか。あんな風に、完璧な『正座先生』に見えた『正座マニュアル』執筆者のみなさんにも、そんな時代があったんだ……。
 そう思うと、正しい方法で努力を続けていれば、わたしとミライさんも、この一年間で『正座先生』になれるのではないか! という希望が湧いてくる。
 と、それとともに、今日の帰りは、ミライさん用のジャージを買わなくてはなぁ……と思うわたしだった。

「茶道部のみんなは、おおむね『正座初心者さん』からスタートするでござる。
 中には、おうちが剣道道場で正座をすることに慣れていたり、以前から茶道に関心があるので、正座を勉強していたり……という部員もいたでござるが、基本的にスタート地点は『初心者』だった方ばかりなのでござる」
「そうなのですね! だったらキョウカと私も、頑張り続ければきっと……」
「きっと『正座先生』になれるでござる!」
「本当ですか……! 私、頑張ります!」

 気づくと、ミライさんが再び正座をしていた。
 それは、足のしびれがとれたのもあるだろうけれど、それ以上に、アドバイスを試したいという気持ちがあるのだろう。
 だって、さっきは、よくない姿勢による正座のせいですぐにしびれてしまった足が……今度はよい姿勢の正座であったために、しびれずに済む。
 もしそれを体験できたのなら、それはとてもはっきりとした『成長』であり『成果』だ。
 わたしたちは成長したいし、努力の成果が見たい。
 だからミライさんは正座をせずにはいられなかったのだろう。
 わたしも、実はちょっと苦しくなってきたけど……せっかく五分を突破したのだ。もっと記録を伸ばしたい!

「おっとおっと! ふたりとも、正座は無理にその姿勢を取り続けたり、正座できる時間を競ったりするものではないでござるよー?
 今できる範囲で、楽しく正座をすることが大切でござる。
 ミライ殿はまだ休んでいて良いし、キョウカ殿は無理をせず、そろそろ足を崩してもよいでござる」
「でも、マフユ! 私、今、すごく正座がしたいのです! マフユのアドバイス通りにやれば、今度はしびれずに済む気がするからです!」
「わ! わたしもまだまだ正座しますよ!
 マフユさんのおっしゃることは、もちろんその通りです。
 でも、わたしたちは無理をしていたり、意地になって正座をしていたりするわけじゃありません。
 心から正座したくて『正座先生』に近づきたいから正座するんです!」
「そうです! そうです!」

 わたしたちの言葉を聞いて、マフユさんがフフッと笑った。
 それはなんだか、高校三年生とおっしゃるには、あまりにも貫禄があって、わたしは急に、マフユさんが、なぜかとんでもなく年上に感じられたけれど……。
 その根拠は特にない。わたしはまだマフユさんのことをちっとも知らなくて、年上に感じられる理由がよく見えてこないからだ。
 だから、今は正座に集中だ。
 だって、正座に対して本気なことを知ってもらえたら、マフユさんと、これからもっと仲良くなれる気がする!

「フフフ。だったら、止めないでござる。
 がんばるでござるよー! キョウカ殿! ミライ殿!」
「はーい!」
「頑張ります!」

 こうしてわたしたちは、まだまだ正座を続けていく。
 部屋にはやわらかな秋の夕陽が入ってきて、なんだかとても幸せな気持ちだった。

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