[225]正座先生ギャラクシー正座講習を手伝う
タイトル:正座先生ギャラクシー正座講習を手伝う
分類:電子書籍
発売日:2022/05/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:52
定価:200円+税
著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり
内容
星が丘市に暮らす平凡な中学生・キョウカは、宇宙人のミライに正座を教える『正座先生・ギャラクシー』として活動中。
『正座初心者さん』でありながらミライの『先生』でもあるキョウカは、ミライと一緒に正座の経験を積むため、星が丘市民スクールで行われる『正座講習』のお手伝いをすることに。
それは正座初心者さんや外国人さん向けの講習だったが、その講師もまた、外国人の先生であるらしく……?
地球人と宇宙人、二人で一から正座を学ぶ、新しい『正座先生』シリーズ、第6弾です!
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本文
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1
正座について本格的に学ぶ決意をしたからには、家にこもって勉強するだけでは、もったいない。
できることなら外へ出て行って、正座をしている、たくさんの人と出会いたい。
そして出会ったからには様々な人から様々な意見を聞いて、正座に関する見聞を広げたいし、その過程で、正座の技術も上げていきたい。
そうすることできっと、家にこもって勉強する時には得られない体験が、できると思うからだ。
……と思ってはいても、いざとなると、なかなか難しい。
外へ出ていくには、そのとっかかりを見つけにくいし……。
正座をしている人、正座に詳しい人を探すのは、無策では、ちょっと大変だ。
――と、いうのが、わたし『サワタリ キョウカ』の現状である。
わたしは星が丘市にある星が丘中学校に通う一年生で、中学一年生の秋から『ミライ』さんという方に正座を教えることになった。
ミライさんはなんと遠い星から来た宇宙人で、母星にはなかった文化『正座』について学ぶことを目的に、地球を訪れた。
しかし彼女には当時、わたし以外に頼れそうな人はいなかった。
なのでわたしは、ミライさんの力になるため『ひとまず』『当面の間は』という気持ちで、彼女に正座を教える『正座先生』に就任したのである。
そんなわたしは現在、色々あって正座に真剣になり、本腰を入れ始めた。
『ひとまず』『当面の間は』という考えは捨てて、本格的にミライさんを助ける『正座先生・ギャラクシー』になりたいと願っているのだ。
ちなみにこの『ギャラクシー』というのは『銀河の』という意味で、つまり『銀河規模の正座先生になりたい』という気持ちで足した言葉だ。
だけど……いかんせん、わたしはまだまだ正座を始めたばかりだ。『正座先生・ギャラクシー』あるいは『正座先生』と呼ばれるにはほど遠い。技術的には完全な『正座初心者さん』である。
だから、一年後には母星に戻ることが決まっているミライさんのために、できるだけ早く正座が上手になりたいのだけれど……。
端的に言うと、まだ、自分の進路が定まらないのである。
わたしは、正座を始めてから間もないがゆえに、自分で自分のことがよくわかっていない。
たとえば、これから自分は、正座を用いてどんなことがしたいのか。
最終的に、ミライさんにどんなことを教えられたら自分は『正座先生』として合格といえる存在になれるのか。
そういったビジョンが、まだ固まっていない。その結果、これらについて質問をされても、上手く答えられないのだ。
なので今日のわたしは、ひとまずミライさんと一緒に出かけることにした。
現在わたしたちに正座を教えてくれている『ヤスミネ マフユ』さんという、星が丘高校生のところへ行こうと思ったのだ。
ということで、今回もわたしの『正座先生・ギャラクシー』になるための活動が始まります!
どうぞ、見守っていてくださいね。
2
「キョウカ殿、ミライ殿。『正座講習』に興味はござらんか?」
中学一年生の秋のある日は、マフユさんから、そんな質問をいただく運びとなった。
「正座講習?」
だけど、すぐに答えることはできなかった。
質問されたわたしとミライさんは、キョトンとお互い顔を見合わせたけれど……二人とも『正座講習』というのが、一体どんなものなのかわからなかったからだ。
「おっと、説明が足りていなかったでござるな。申し訳ないでござる」
そんなわたしたちに、マフユさんはすぐさま気づいて補足してくれる。
マフユさんはこの通り、古めかしい武士のような口調でお話される方で、誰に対しても、とても腰が低い。
年下であり、自分の弟子と言ってもいい存在でもあるわたしたちにも、つねに、こんなに丁寧な態度で接してくれるのだ。
「『正座講習』とは、星が丘市民スクールで開催されている、カルチャースクールの一つでござる。
ほら、市役所や区民センターに行くと『編み物』『英会話』『フラダンス』『空手』『囲碁・将棋』といった、趣味のスクールの案内のパンフレットが置いてあったり、ポスターが張られたりしているでござろう?
あれらの仲間として、『正座』の講座もあるのでござるよ」
「あ! わかります! 年に何回か、新聞と一緒に案内が入っている……その地域に住む人なら、誰でも受けられる『あれ』ですね!」
「そう! 『あれ』でござるよ! あれ!」
「『あれ』……?」
「キョウカ殿はまだ中学生でおられるから、あまり『あれ』にはなじみはないかもしれないでござるな。
だが、星が丘市民スクールは、実は今、かなり充実しているのでござる。
若い人が主宰しているスクールもあるくらいなのでござるよ!」
「えっ! それはすごいですね! 『あれ』は今、そんなににぎわっているんですね!」
これによってわたしはピンと来たけれど、ピンと来た代わりに、大切なことを忘れてしまった。
それは……。
「……? あの、申し訳ありません。キョウカ、マフユさん。
『あれ』というものについて、もう少しだけご説明いただけますでしょうか……?」
「あっ!」
そう、隣にいるミライさんは、まだ話を理解できていなかったということである。
だってミライさんは、宇宙人なのだ。
一般的な日本の中学生であるわたしなら理解し、ついていける話でも、ミライさんはそうではない。
それに、たとえミライさんでなくとも、地球に来て日が浅い宇宙の方は、地球のことをよく知らなくて当然だ。
特に、日本の市民スクールのことについては『知っている方が不自然』と言える程、なじみのないものだろう。
……そんな当たり前のことを、わたしはすっかり失念していたのである。
「あわわ。ごめんねミライさん。
自分は話を理解できていたからって、一人で盛り上がっちゃって。
あのね、『あれ』つまり、市民スクールっていうのは、その都市に住んでる人を対象に行っている、小規模な学校のことだよ。
『学校』と『スクール』は、同じ意味の言葉。
日本語では『学校』って呼ぶものを、英語って言葉では『スクール』って呼ぶんだ。
で、その市民スクールっていうのは、今マフユさんが言ってくれたみたいに、基本的には趣味に関するものが多いね。
たとえば今出た『編み物』のスクールなら『編み物をもっと上手になりたい!』って思ってる人が通う場所なの。
そこは、自分の技術を上げるために先生に教えてもらうのが目的の場所だけど……同じ理由で集まった人たちと、交流もできるようになってる。
つまり、一人で勉強しているときには得られない経験ができるんだ」
「なるほど!
要するにその『正座講習』に行けば、わたしとキョウカは、新たな先生や、新たな仲間に出会えるかもしれない。
また、その方たちに正座を教えてもらったり、一緒に正座の技能を伸ばしたりすることができるかもしれない。
だから、マフユさんは私たちに『興味はあるか』と質問してくださった。
……と、いうことですね!」
「さようでござる! はっはっは、さすがミライ殿は聡明でござるなぁ。
キョウカ殿も、説明不足の拙者の言葉を補足いただき、ありがとうでござる!」
「いえいえ、とんでもないです!」
ちなみに、ミライさんが宇宙人であることは、マフユさんにも秘密だ。
わたしもミライさんも『いつも優しくて、わたしたちの活動に親身になってくれるマフユさんになら、話してもいいかな?』と思っているけれど……。
『そもそも、話しても、信じてもらえないかもしれない』という理由から、今はまだ話さずにいるのだった。
……と、話がそれた。
今の議題は、市民スクールのことだった。
今ミライさんがまとめた通り、マフユさんの意向はきっと『わたしとミライさんに、新しい世界を知ってほしい』『だから、まずは関心があるか聞いてみた』というところだろう。
だけど、マフユさんはあてずっぽうにこの『正座講習』を選んだというわけではない気がする。
なぜなら、わたしとミライさんは、正座を学ぶだけなら、わざわざ新しい所に行く必要はない。
マフユさんからはもちろん、マフユさんが所属する『星が丘高校茶道部』のみなさんからも、正座を教えてもらっているからだ。
となると『出会い』が主体になるだろうけれど……マフユさんは、量よりも質を重んじるタイプだ。『誰でもいいから、知り合いを増やしておいで』と言う人ではない。……と、思う。
なのでわたしがこの件について質問しようと深呼吸していると……わたしよりも先に、ミライさんが小さく手を挙げた。
「マフユ。それでは、一つご質問です。
その『正座講習』とは、もしかして『あちら』に隠れている方と、何か関係があるのでしょうか?」
「えっ?」
「むむっ……『あちら』に気づいたでござるか。ミライ殿は聡明なだけでなく、勘も鋭いのでござるなぁ……!」
「えっ? えっ? 『あちら』?」
今度は、わたしだけがピンと来ない話が始まったようだ。
『あちら』という言葉がさすところがわからず、わたしが一人キョトンとしていると……わたしたちが話していた和室の奥のふすまが、カラカラカラッ。と、観念したように開く。
するとそこには、一人の……マフユさんよりも、少し年上くらい? と思われる女性が待機していたのだ。
「……まさか、気づかれるとは思いませんでしたわ!」
「わっ! わわわっ!?」
「驚かせてごめんなさい。
こんにちは、キョウカさん、ミライさん。
わたくし『コゼット・ベルナール』と申します。
マフユさんの一年先輩で、星が丘高校茶道部のOGですわ」
「えーっ!」
わたしは当然、奥の部屋に人がいらっしゃったことにも驚いた。
だけどそれ以上に、その方があまりにも、流ちょうな日本語を話されることにビックリした。
なぜなら、今ご挨拶して下さった、金色の髪の毛に青い瞳のその女性は、明らかに日本人ではない。
だけど、その唇からは、日本人と一切変わりない……むしろ、日本人よりうまいかも! と感じるほどの、美しい日本語が聞こえてきたからである。
これは、なかなか衝撃的な光景だった。
思わずこちらからもご挨拶することを、忘れてしまうほどに。
「それにしても、完璧に隠れたつもりでしたのに。
マフユさんのおっしゃる通り、ミライさんは、とても勘の鋭い方でいらっしゃるのね!」
「いえいえ、とんでもないことです。偶然、気が付いただけです」
「はっはっは! まったくでござる!
なんだか、人間とは思えないほどの察知能力でござるなぁ!」
ギクッ!
「とんでもないですよー! お二人とも!
ミライさんは人間! 正真正銘の人間ですっ!」
「そうです! そうです!」
わたしとミライさんは、マフユさんの『人間とは思えない』という指摘に思わずドキっと背中をこわばらせつつも、必死でごまかす。
少し考えれば、必死でごまかす方がかえって怪しいと、すぐに気づきそうなものだけれど……この時は、そんな余裕もなかったのだ。
ところで、コゼットさんはなぜ隠れていたのだろう。
もしかして、今の『正座講習』と何か関係があるのだろうか。
とりあえず、たずねてみよう。
「そっ。それであのっ……!
コゼットさんは、なぜ、こちらに隠れていらっしゃったんでしょうか?」
「ああ。そうでしたわね。
今、マフユさんからご説明のあった『正座講習』において、主宰を務めているのがわたくしなのでございます」
「そうなのでござるよー。
なのでまずは拙者がキョウカ殿とミライ殿に『正座講習』に関する説明を行う。
それで、もしお二人が関心あるようであれば、そこで初めてコゼット殿をお呼びし、さらに詳しい説明をする。
といった段取りで、今日はお話をしようと思っていたのでござるよ」
「な、なるほど!」
ということは、もしわたしたちが『関心はありません』と言っていたら、コゼットさんはそのまま、そーっとお帰りになられる予定だったのだろうか。
でも、そういうことなら……。
と、わたしが次の発言のタイミングを伺っていると、またもミライさんが先に口を開く。
今日のミライさんは、なんだかとても前のめりである。
「そうだったのですか。では、このままお話しいただいて構いません。
私たちは『正座講習』に関心があります。
参加するかはまだ決めかねておりますが……。
少なくとも、詳しくお話を聞きたいと思っております。
ねぇ、キョウカ?」
「そ、そうだね!」
す、すばやい。あまりにもすばやいぞ、ミライさん!
……それに比べて、わたしときたら『正座に本腰を入れる』と決めたのに……気が付けば後手に回ってしまっている!
これでは『ひとまずミライさんに同意した』と思われかねないじゃないか。本当は違うのに……!
……と、このように、わたしは自分のリアクションの遅さを申し訳なく思いつつも、まずはマフユさんとコゼットさんから、引き続きお話を伺うことにした。
今ミライさんの言った通り、確かに関心はあるけれど『参加するか・しないか』を決めるには、まだあまりに情報が少なかったからだ。
「はぁ。まずはその言葉を聞けて安心いたしましたわ。
マフユさんが『二人なら、絶対興味を持ってくれるでござる! だから、説明が済むまで、ここで待っているでござる!』
とおっしゃるものですから、こうして待機していましたものの……。
『もし、全く興味がないと断られてしまったら、どうしようか』『そのとき、わたくしはどんな顔をして登場すればよいのかしら?』と、ドキドキしておりましたのよ!」
「はっはっは! それは申し訳ないでござる。
でも、拙者の予想通りだったでござろう?」
「もう! マフユさんったら、調子がよろしいのだから。
では、説明を再開いたしますわね。
キョウカさん、ミライさん。
わたくしは高校一年生のときにフランスから星が丘高校に留学を始めた留学生で、星が丘高校卒業後も、引き続き日本の文化を学ぶために滞在を続けております。
そして、大学一年生となった今年は、新たな試みとして、星が丘市民スクールで『正座講習』を始めたのでございます。
実はこの講習は、先月・十月に一度終了しております。
でも、非常に好評をいただきまして、この度アンコール開催が決まりましたの。
具体的には、この十一月の末に、一回きりの復活講習を行うことになったのですわ」
「すごい! それは、よっぽど好評だったんですね。
おめでとうございます!」
「うふふ。キョウカさん、お褒めいただきありがとうございます。嬉しいですわ」
……と、いうことは、マフユさんはこの『正座講習』が『信頼できる先輩が主宰する講習』だから、ぜひ参加するのがよい! と、わたしたちに勧めてくれたということだろうか。
でも、それなら、特にコゼットさんをお呼びする必要はない気がする。
これはいったい、どういうことだろうか……?
「わたくしは今回アンコール講習を開けることを、非常にありがたく、また名誉に思っております。
しかし、少しお話が急なものでしたから、すぐに用意できるプログラムには限りがありますの。
ですが、だからといって、先日までの講習と、完全に同じにしてはつまらないですわよね。
ですから『どうにかして、新たなことをしたい』……そう思っておりますの」
「なるほど……?」
つまり、コゼットさんはどうしたいのだろう。
話の行き先がわからなくて、わたしとミライさんは、再びキョトンと首をかしげる。
なぜなら、コゼットさんの口ぶりは、参加希望者に講習の内容を説明しているというよりも、講習のスタッフ候補に講習の趣旨を説明している。そんな風に聞こえたからだ。
「ところで、お二人は今、正座の技能としては標準以上とお聞きしておりますけれど。マフユさん、これはお間違いなくて?」
「はい。間違いないでござるよ。
すでに基礎的な部分は、星が丘高校茶道部がしっかり教えたでござる。
なので、あとは、日常生活に正座をどう生かすか、自分がどう正座と付き合っていくか。そういった『方針』を固める段階でござる」
「それを聞いて安心いたしました。
それでは『プランB』でよさそうですわね」
「同意でござる。今のお二人であれば、きっと『プランB』を遂行できるでござろう」
「えっ? プ、『プランB』……?」
さらにここで、もっとわたしとミライさんは話がわからなくなってくる。
『あれ』『あちら』に続いて、またも謎の単語が飛び出してきたからだ。
今度は、わたしも、ミライさんも理解できない。
いったい『プランB』とはなんのことだろう。
そもそも、プランAはどこへ行ったのだろう?
「申し訳ございません。前置きが長くなってしまいましたわね。
実はわたくし、今回お二人には『生徒』ではなく『講師』の側で参加していただきたいと思っておりますの」
「ええーっ!」
「な、なんと……!」
急すぎるお話である!
もしかしてそれが『プランB』ということだろうか!?
突然の展開に唖然とし、まともなお返事もできずにいるわたしとミライさんに、コゼットさんは引き続き説明をしてくれる。
「もちろん、メインの講師はわたくしでございます。
お二人に生徒の指導をしていただくということではございません。
お二人には特別スタッフとして、わたくしの補佐をしていただけたらと思っておりますの」
「と、特別スタッフ……!」
「もちろん、報酬はございますわ。アルバイト代と交通費に加え、今後のお二人の正座に関する活動を、わたくしがマフユさんと一緒にサポートすることをお約束します」
「補佐……!」
「マフユさんだけじゃなくて、コゼットさんも、今後わたしたちをサポートしてくれる……」
それは、突然すぎるけれど、願ってもない話だった。
まず、今後の方針に悩んでいるわたしは、正座に関する様々な経験を積みたいと思っている。
次に、この一年間で正座をマスターする必要のあるミライさんにとって、正座講習を開くほどの『正座先生』であるコゼットさんに師事することは、確実にプラスになる。
おまけに、コゼットさんはマフユさんのご友人だ。師事する相手として、まったく心配はないだろう。
それなら……。
「キョウカ……」
そう思っていると、ミライさんと目が合った。
「……うん。ミライさん、わたしもきっと今、ミライさんと同じ意見でいると思う」
わたしたちはお互いの方を見て短い言葉を交わし合うと、同時に、深く頷く。
そのときには、もう答えは決まっていた。
コゼットさんは、そんなわたしたちの気持ちを、すでに見透かしているのだろう。
こちらをまっすぐに見て、改めて聞いてくれた。
「……では、わたくしから、改めてご質問いたしますわ。
キョウカさん、ミライさん。
『正座講習』の補佐になってはいただけないかしら。
正座を学ぶだけでしたら、マフユさんたち星が丘高校のみなさまと学ぶだけで、十分実力は伸ばせます。
無理にほかのスクールに通う必要はございません。
だけど、わたくしが見るに、お二人は今、もっと見聞を広げてみたいと思ってらっしゃるわよね。
であれば『正座講習』はその候補として最適であると、わたくしは考えております。
だからこそ、お誘いしております。
ぜひともわたくしと一緒に、初めての方々と一緒に正座を学びませんこと?」
「はい! よろしくお願いします!」
「ぜひ、わたしたちにお手伝いさせてください!」
こうしてわたしたちはいきなり『正座先生・補佐』としてデビューすることになったのだった。
3
「実はわたくし、日本に来た頃は日本のことが嫌いでしたし、自分には正座が不要であると思っておりましたの」
「ええーっ!」
それからすぐに始まった『正座講習』に向けての練習会は、そんな、コゼットさんの衝撃的な告白で始まった。
なお、この練習会は先ほどの四人で行っており、全員が正座をしている。
中でもコゼットさんの正座は、お手本のように美しい。
だからわたしは耳を疑った。
とてもそうとは思えなかったからである。
「で、では、コゼットさんは、なぜそのようなお考えのところから、今の『正座講習』講師となるに至ったのでしょう……?」
質問するミライさんの声も震えている。
その質問はもっともだ。
というか、ミライさんなら、特にコゼットさんの変化が気になっているはずだ。
なぜなら、ミライさんは、コゼットさんと比較的近い境遇にいる。
ミライさんは、母星からの指令として、正座を学びに日本に来た。
だからミライさん個人は、日本のことが好きでも嫌いでもない。
それは『好き』か『嫌い』かを考えるほど、これまで日本に接してこなかったし……日本に来てからも間もない。
つまり『好き』か『嫌い』か決められるほど、正座への考えが固まっていないからだ。
また、ミライさんにとっては、正座は特に必要なものではない。
確かに『母星からの指令をクリアするため』という意味では、必要なものだ。
けれど……正座という文化がない星に育ったミライさんは、この指令を受けるまで、特に正座を必要とせずに生きてきた。
だから『必要か必要でないかと言えば、なんともいえない』というのが、今のミライさんの本音なのではないかな? と、わたしは思う。
だからこそミライさんは、今の自分に近い部分のある、昔のコゼットさんのお話を聞きたいのではないだろうか。
「それは『強制的に触れるきっかけがあった』というのが、一番でしょうね。
でも、ただ強制的に触れただけでは、もっと正座を嫌いになっていた可能性もありますわよね?」
「そうですよね。たとえば習いごとや勉強なんかを『無理やりやらされて、嫌いになってしまった』というのは、珍しくないことだと思います」
「そう。ミライさんのおっしゃる通りです。
であるにもかかわらず、触れるきっかけさえあれば好きになったのは、自分に合っていたからだとわたくしは考えております。
たとえそれまでの生活には必要なかったことでも、始めて見たら、自分にはとても合っていた。
合っていると感じたら、もう少し勉強してみたくなった。
そのうち『もしかすると、自分と同じような人が、世の中にはたくさんいるのかもしれない。具体的には、本当は正座が自分にすごく合っているのに、まだそれに気づいていない人や、合わないと思い込んでいる人がいるのではないだろうか。もしそうなら、自分はその方々に、考えを変えるきっかけになりたい』。わたくしはそう思ったからこそ、現在このような活動をしておりますの」
「そうだったんですね……」
そうか。コゼットさんは正座に向き合わざるを得なくなったときに、正座の良いところを見つけられたから、正座を好きになったんだ。
それは一体、どんな良いところだったのだろう。
たとえば、正座をすることによって姿勢が正しくなって、座っているときの見栄えが良くなったからだろうか。
たとえば姿勢が正しくなることにより、なんだか呼吸がしやすくなったり、腰や背中のトラブルが改善されたりしたからだろうか。
それとも、正座を通じてできることが増えたり、コミュニケーションを取れる相手ができたりしたことだろうか。
もしかしたら、コゼットさんは星が丘高校茶道部OGだから、部で編み出した『正座勉強法』が受験勉強に役立ったのかもしれない。
実際、これはわたしも取り入れるようになったけれど、前よりも集中力が続くようになった気がするし……。
――ん?
と、ここで、わたしは気づく。
わたしは今、頭の中でコゼットさんの答えを予想しているだけで、直接答えを質問してはいない。
であるにもかかわらず、わたしはすでに、正座の良いところをたくさん知っていたのだ。
それは、ミライさんと出会い、『強制的に触れるきっかけがあった』中で、『強制的に正座に触れるきっかけがあった時、そばにいてくれた人……つまり、ミライさんやマフユさん、星が丘高校OB・OGの方々がとても良い方だった』『みなさんと正座をするうち、もっと正座に向き合うべきだと思った』『向き合ってみたら、冷静な気持ちで、正座は良いものなのではないかと思えた』『たとえそれまでの生活には必要なかったことでも、始めてみたら、自分にはとても合っていたとわかった』からではないだろうか?
……つまり、わたしは当時のコゼットさんと、同じところにいると言っても良かったのだ!
「ですから、わたくしはきっかけは何でもよいですし、立派な理由もなくてよいと思っているのです。
『始めたいと思ったこと』と『続けようと思っていること』が肝心である。そう思っております。
そのうちに好きだと思うところが見つかれば、収穫です。
続けた意味は、十分にあるでしょう。
逆に、どれだけ続けても好きになれるところが見つからないのでしたら、それは本当に向いていないのです。
ですが、『本当に向いてない』とわかることもまた収穫といえます。
『ここまで続けても好きになれないのなら、すっぱりやめてしまうのがベストの選択だ』とわかるのですから」
「はっはっは! もし『コゼット殿みたいな正座の始め方じゃダメ! 正座をする資格なし!』と言われてしまったら、大変でござる。
だってそうなったら、星が丘高校茶道部も、『正座講習』のメンバーも、先生が無資格者になって、みんな困ってしまうでござるもんな!」
「もぉー! マフユさんったら! その通りですけれど!」
「なるほど……」
「ですからわたくしは、今はみなさんの正座への認識を変えることが、自分の務めだと思っておりますわ。
たとえば、日本において、正座は間違った認識のままになっていることもありますし」
「えっ!?」
「そんなものがあるのですか!?」
ここで、わたしとミライさんは同時に声を上げた。
これまでわたしたちは、正座に関して書かれた書籍や、マフユさんをはじめとするみなさんから得た知識を基に正座してきた。
それは、どれも真面目な研究に基づいた知識だった。
だから、間違ったものが混じっているとは考えにくいけど……万が一、間違ったまま覚えたことがあったらどうしよう!? と思ったのだ。
そんなわたしたちの問いに、コゼットさんは答える。
「ありますわよ。
たとえば、正座をすると『健康に良くない』ですとか『足が短くなってしまう』という嘘の情報が、あたかも本当のことかのように広まっていた時期もありましたのよ。
これは、長時間正座をし続けることで、足に負担がかかるのではないか?
足の形が悪くなってしまうのではないか?
という懸念から生まれた誤解でした。
実際には、何の根拠もない話でしたのよ。
もっとも、たとえば、しびれてしまってなお無理に正座をしては、確かに血流が悪くなって身体によくありませんし、そのまま立って歩こうものならケガの原因にもなりかねませんから『足がしびれてしまっても無理に正座を続けるのは、健康に良くない』という言い方でしたら、正しいのですけどね。
……ですが、今は少しずつその誤解も消えつつあります。
今では『正座は健康に良い』ということが、広まっています。
それは、日本人がより健康について関心を持った結果、少しずつ正しい正座の知識も広まった。ということなのでしょう。
そうなったのは『健康について、正しく知ってもらおう』と努力した方がいたからです。
わたくしはその方を尊敬します。だから、自分もそうなりたいと思っておりますの」
「コゼットさんは、正座を正しく理解してもらうために『正座講習』を始めたんですね」
「さようでございますわ。
もちろん、無理に正座を好きになってもらいたいとは思っておりません。
正しい情報をすべて伝えた上で、お相手に『やっぱり正座をしたいとは思わない』『好きになれない』と思われたのだとしたら、それはお相手の自由ですから。
ただ、誤解したままではもったいないですわよね?
わたくしはその誤解を、できるだけ解いていきたいと思っておりますの。
だからお二人とも、これから当日まで、どうぞよろしくお願いしますわね?」
「はい!」
正座講習、本番はどんな風になるんだろう?
こんな風にコゼットさんと過ごすうち、わたしたちはどんな風に変化できるんだろう?
そんなワクワク、ドキドキした気持ちに満たされながら、わたしは練習を続けるのだった。