[240]正座先生ギャラクシーと二人のミライ
タイトル:正座先生ギャラクシーと二人のミライ
分類:電子書籍
発売日:2022/12/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:44
定価:200円+税
著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり
内容
星が丘市に暮らす平凡な中学生・キョウカは、宇宙人のミライに正座を教える『正座先生・ギャラクシー』として活動中。
ミライが日本にやってきて2か月が経過し、先日は星が丘市民スクールにて『正座講習』のお手伝いを成功させた二人は、ホッと一息ついていた。
そんなある日、ミライの『時間旅行の機械』が突如直り、ミライは本来向かうはずだった二〇二一年の秋の日本に行ける事になる。
だけどミライは、二〇二〇年の世界でやり残した事があるようで……?
これまでの歩みを振り返りながら、正座への理解をさらに深めよう!
地球人と宇宙人、二人で一から正座を学ぶ、新しい『正座先生』シリーズ、最終回です!
販売サイト
https://seiza.booth.pm/items/4360837
本文
当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。
1
『変化』というものは、いつも突然やってくるものだ。
具体的には、二か月前。
わたし『サワタリ キョウカ』は突然『正座先生』を務めることになった。
『日本に生まれ、正座の存在を知っている』
『けれど、特に詳しかったり、教えられるほどの技量を持っていたりするわけではない』
そんなわたしが、ある日突然正座の先生として活動することになったのだ。
生きていると、そういった急な変化が、たまにある。
……と、思う。
こんなとき、変化を受け入れられなかったり『嫌だ』と拒否したりするのも、生き方の一つだと、わたしは考えている。
どうしても自分の気持ちに沿わないことをするのは、よくない。
それに、自分の気持ちに沿わないまま、流される形で『なんとなく承諾』したり、『仕方なく従う』形で行動したりすることは、自分だけじゃなく、周りの人にもよい影響を及ぼさないだろう。
そう思うからだ。
だけど二か月前、わたしは『正座先生になること』を受け入れた。
それは当時『正座先生』を探していた人が、先生が見つからず、とても困っていて『助けてあげたいな』と思っていたのもあるし……。
わたし自身『正座先生になることは、嫌なことではない。むしろ、やってみたいと思うことだ』と思っていたからだ。
それはきっと『正座のことは、先生になれるほど詳しいわけじゃない。でも、正座先生になれば、自分にとって良い変化が起きるんじゃないだろうか』という、直感のようなものがあったからだと思う。
結論から言うと、この直感は正しかった。
『正座先生』になったことで得た知識や体験、そして思い出は、どれも素晴らしいものだったからだ。
つまりそれから二か月のあいだ、わたしは不思議な縁と、己の直感に導かれるまま、正座先生として頑張った。
実質的には『正座初心者さん』でありながら、わたしを唯一『正座先生』と慕ってくれる人のために、様々な活動をした。
それは、正座先生になることを受け入れないと見られなかった景色で、経験で、変化だ。
わたしはそれらを、とても誇りに思っている。
だけど『正座先生になる』という変化が突然訪れたように『正座先生ではなくなる』という変化も、突然訪れるものなのかもしれない。
わたしの唯一の『教え子』さんが……。
ある日急に、住んでいる場所へ帰ることになったからだ。
2
「『時間旅行の機械』が、直った……!?」
わたしの『正座先生』ライフは、冬のある日、こんな形で突如終わりを告げることとなった。
「……はい。どうやら、再使用のための充電が完了したようなのです」
「でも、ミライさん。
『充電には、一年くらいかかる』って、前に言っていなかった?」
まず、現状を整理しよう。
今は二〇二〇年の冬の日本で、ここは『星が丘市』という街にある、わたしキョウカの自宅・自室だ。
次に、わたしは今『ミライ』さんという方とお話をしている。
それから、このミライさん、突然だけれど、実は地球人ではない。
ちょっと信じられないかもしれないけれど……とても遠い星からやってきた、宇宙人なのである。
「はい。キョウカのおっしゃる通りです。
この『時間旅行の機械』の充電には、本来一年ほどかかる見込みでした。
しかし、それは、私の母星で使用した場合だったようです。
どうやら、地球に満ちるエネルギーは私の母星よりも多く、その分充電にかかる時間も、私の星よりも短くなるようなのです。
その結果、充電開始からたった二ヶ月で、充電が終わったと考えられます」
「なるほど……。じゃあ、ミライさんは……」
「はい……」
それから、わたしたちが今言葉に詰まったのには、理由がある。
宇宙人であるミライさんは、とある目的を持って、この地球にやってきた。
それは『地球にしかない文化・正座を学ぶ』というものだ。
つまりミライさんは、地球に住む『正座のうまい日本人』に弟子入りして、正座を勉強するために、ここまでやってきたのだ。
だけどミライさんには、それができなかった。
今話題となっている『時間旅行の機械』の使い方を間違えてしまったからだ。
本当は『二〇二一年の秋の日本』に行くはずだったのに……。
設定時刻を一年誤って『二〇二〇年の秋の日本』を選択してしまい、弟子入りする予定だった『正座のうまい日本人』のいる時間にたどりつけなくなってしまったからだ。
その日から約二か月間、ミライさんはここにいる。
『正座のうまい日本人』ではなく『正座をもっと知ってうまくなろうとしている日本人』である、わたしに師事している。
だけど……。
「『時間旅行の機械』が直ったなら、ミライさんは、本来向かうはずだった、二〇二一年の秋の日本に行けることになるんだよね……?
それって、この二〇二〇年の冬の世界にいる必要が、なくなっちゃったってことだよね……?」
「…………」
わたしの問いに、ミライさんの瞳が申し訳なさそうに揺れる。
ミライさんはとてもまじめで義理堅く、誠実な性格だ。
たとえこの二〇二〇年の冬の世界にいる必要がなくなってしまっても、はっきり『はい。もうここにいる必要はないので、さようならをします』とはいえないのだろう。
……それは、二〇二一年の秋の日本にいる『正座のうまい日本人』の代わりにミライさんに正座を教えた、わたしがいるからだ。
ミライさんはゆっくりと息を吸うと、こう言った。
「……『必要がない』とは思っておりません。
ですが、やはりキョウカのご指摘の通り……。
今すぐこの『時間旅行の機械』を再使用し、約十か月後の星が丘市へ向かえば。
私は本来会いに行く予定だった『二〇二一年、秋の日本のキョウカ』に会うことができるでしょう」
「……そうだよね。
その、二〇二一年の秋……つまり十か月後のわたしは、本物の『正座先生』になれてる。
今の『正座先生を目指している』わたしよりも、正座がうまくなってる……」
そう。
ミライさんは本来、今ここに居るわたしではなく、十か月後の未来のわたしに会いに行く予定だった。
わたしにはよくわからないけれど、十か月後のわたしは、なぜかとにかく正座が上達していて『正座先生』と呼ばれる存在になっているらしい。
つまり、今のわたしではなくそのわたしに会いに行けば……ミライさんはより確実に、迅速に、正座の上達が見込めるのだ。
だからわたしが、今すぐ言うべきことは……。
「……やったね! ミライさん。
ぜひ、今すぐ未来へ行こう!
……今のわたしのことは気にしないで。
ミライさんは、もっと良い環境で正座を勉強しておいでよ」
「キョウカ……」
笑顔で、明るく、大きな声で言ったつもりだった。
だけど実際に聞こえたわたしの声は、震えていて、あからさまに残念そうな……『ミライさんとお別れするのは悲しい』と思っているのが、誰が聞いてもわかるものだった。
だけどそれでも、わたしはミライさんに、十か月後へ行くことを薦めるべきだと思っている。
ミライさんは、地球に遊びに来たわけじゃない。
少しでも正座を学ぶために来たのだ。
このまま現在の『正座初心者さん』のわたしが無理に正座を教え続けるより、十か月未来のわたしにバトンタッチした方が、絶対にいい。
そう思うからだ。
「……わかりました。
では、キョウカ、最後にお願いがあります」
「うん? なあに?」
だけどミライさんは、わたしの決死の判断を鈍らせるようなことを言う。
このまま『はい! わかりました! 今すぐ『時間旅行の機械』を起動させて、早速未来へ行きます!』と言って、即座に移動してくれればいいところを、なぜかわたしに『お願いがある』と言い出したのだ。
「最後に、私と正座をしてほしいのです」
「……え……?」
「この二〇二〇年の冬の世界での。
今ここにいるキョウカとの、最後の思い出をいただきたいのです」
そんなミライさんのお願いは、なんとも切ないものだ。
ミライさんはこれから十か月後のわたしにもっとよい正座を習えるのに、今のわたしと正座をして行きたいらしい。
それを断ることなんてできない。
わたしは静かに、大きく頷いた。
「わかった……」
こうしてわたしたちは、最後の『一緒に正座』をすることになった。
そのシチュエーションは、初めてミライさんと正座をしたときによく似ている。
あのときもわたしたちはこのわたしの部屋で、二人一緒に、試行錯誤しながら正座をしたのだ。
「……じゃあ、初めてのときと同じように『正座マニュアル』を見ながら正座しようか。
ミライさん、わたしたちが初めて正座したときのことを覚えてる?」
「はい、もちろん覚えておりますよ。
あの頃の私は『地球の日本人は、みんな正座ができる』と思い込んでいました。
だけど、決してそんなことはありませんでした。
実際は『正座をしたことはあるけれど、事前にしっかり教わった上で正座をしているという方は少ない』のでしたよね?
だから『正しい正座の仕方を知らない人も多い』と」
「そう。そして、あの頃のわたしもその『正しい正座の仕方を知らない人』の一人だった。
だから、この『正座マニュアル』を参考にしながら、ミライさんに正座を教えたんだよね。
フフッ。じゃあ、ミライさん、正座ってなんだかわかるかな?」
わたしが思わずニヤニヤしてしまいながら尋ねると、ミライさんがプクッと頬を膨らませる。
そう。初めて正座したときのミライさんは『正座とは何なのか』ということをまだ知らなかったのだ。
「もう! もちろんわかっておりますよ。
では、今からその『正座マニュアル』に書かれている正座の説明を、見ずに、正確に述べて差し上げましょう。
正座とは、座り方の一つです。
床に座っているときの座り方になります。
椅子やソファーに座っているときは、正座はしません」
「おおっ!」
自信満々なミライさんに促され、慌てて正座マニュアルの該当ページを開くと、そこには今ミライさんが言った通りの文章があった。
すごい。完璧だ!
ミライさんは、本当に全文覚えているのかもしれない。
だからわたしが驚いて口を大きく開けていると、ミライさんはさらに続ける。
「正座の形とは、次のようなものです。
まず、膝から足の甲までを、床につけます。
それから、膝を曲げて、かかとの上にお尻を乗せます。
この座り方が、正座です」
「正解! じゃあ、その言葉の通り、さっそく膝から足の甲までを床につけてみよう」
「フフ。間違えて『しゃがむ』姿勢にならないように気を付けないといけませんね。
膝を曲げて、足の裏だけを床につけた状態は『しゃがむ』ですからね」
「そうそう。『しゃがむ』とか、『立て膝』とは『片膝立ち』『膝立ち』っていう姿勢もあるからね」
こうしてわたしたちは、並んで正座を始める。
そういえば初めてのとき、ミライさんは『これで終わりだろうか』とわたしに質問した。
あのときのミライさんは『正座という座り方さえ覚えれば、それ以上正座について学ぶことはない。勉強は、これで終わりなのではないか』と考えたからだ。
でも、実際はもちろん違った。
それを、二か月一緒に正座を勉強したわたしたちは知っている。
「じゃあ、今日これから正座をする上で、正座の最大の敵についておさらいしようか。
ミライさん、その『最大の敵』のことについては、覚えてる?」
「当然ですよ! 私は初めての正座の際、この『最大の敵』に苦しめられたのですから。
対策もバッチリに決まっております。
それでは……『しびれ』についてもおさらいしましょうか」
そう。正座における『最大の敵』というのは『しびれ』だ。
初めて正座をしたとき、ミライさんは『しびれ』というものの存在も知らなかった。
だから当時のミライさんは、しびれにとても驚き、怯えていたのだけど……。
今の彼女は、そんな痺れを完全に理解し、対策できている。
「まず、身体のしびれというものは、その部位が圧迫され、血の巡りが悪くなることで起きます。
圧迫されている状態は、身体にとって負担です。
できれば避けたい状態です。
だから、身体の方から『今、よくない姿勢になってしまっていますよ! 正してください!』『そうすれば、しびれは解消されます』とサインを送ってくれているわけです。
これが、しびれのメカニズムです。
それでは次に、正座をする際、しびれを避けるにはどうしたらいいかをご説明いたします。
まずは座るとき、お尻を後ろに突き出すような姿勢をしてみましょう。
お尻と太ももの境目を、かかとの上に乗せるイメージです。
キョウカ、実際にやってみていただけますか」
「オッケー!」
この『しびれ』に関する説明は、先日『正座講習』というイベントでも行ったものだ。
ミライさんはそのときの経験を、こうしてしっかり糧にしているのだ。
「こんな感じ……かな?」
「ええ。今のキョウカのように、お尻を後ろに突き出すような姿勢を意識することで、腰が、しっかりと立ちます。
そうすると、背中がなんだかまっすぐになれている感じがして、また、姿勢が良くなって、呼吸もしやすくなります」
「そう! この座り方が、しびれを避ける正座の仕方の一つだよね」
「はい。しびれを避ける座り方は、他にもあります。
それは、膝を少し開いておくことです。
『膝のあいだは、ぴったり閉じてしまった方が綺麗な姿勢なのではないか』『膝を開いておくと、かえってしびれやすくなるのではないか』と心配になるかも知れませんが、実は、膝は少し開いておいた方が、しびれにくくなるのです。
次に、身体の重心は、どこかに偏らないようにしましょう。
たとえばかかとに重心をかけるように座ると、そこがしびれやすくなってしまいます。
なので、一か所に重心をかけることがないよう、バランスよく正座することが大切です」
「そう! それでもしびれてしまうんじゃないかと心配なときは、足の指を組みかえてみるのもいいね。
それから、足の指を立てて、かかとの上にお尻を乗せた状態にしてみるのもいい。
ずっと同じ姿勢でいると、次第にしびれやすくなってきてしまうからね。
それ自体は自然なことだから、大丈夫。
つまり、しびれを避けるには、血流悪化を防ぐことが大切。
バランスよく座りつつ、時に少しずつ違う姿勢に変えることで、血流がいい状態を維持しよう!」
「ええ! そして、正座中は背筋をピンとまっすぐに。ちょっと胸を張るようなイメージで伸ばして。
肘は垂直におろすようにして、手は膝の上……太もものつけ根と膝のあいだくらいの位置を意識して。
カタカナの『ハ』の字を意識して、置きます」
「……!」
今のミライさんの言葉に、わたしは思わず息をのむ。
地球にやってきたとき、宇宙人のミライさんは『カタカナ』の存在を知らなかった。
だけど今は『カタカナ』が日本の文字の一種であり、その中に『ハ』という文字があること。
そして『ハ』がどのような形をしているのかを、ちゃんと知っている。
ミライさんの所作の一つ一つに、一緒にいた二か月間が息づいているのだと実感して、わたしは嬉しくなる。
「ふふ。ミライさん、もう完璧だね。
そして脇は、ピタッと胴にくっつけて閉じるか、少しあいだを開く程度にして。
足の裏は、比較的自由に。親指同士が触れる程度、親指同士が軽く重ねっている程度、深く重なっている程度、どれでも好きな状態にしておこう。
でも、親指同士が離れていたり、片方の親指が、もう片方のかかとよりも外に出たりしないように気を付けてね。
それから、スカートの場合は、スカートが広がってしまわないように、正座をするときはお尻の下に敷くようにするのを忘れずに。
ぶわぁ……って広がった状態だと見栄えが悪くてお行儀がよくないし、広がった裾の部分を誰かが踏んだら、ケガの原因にもなるから」
「はい! もちろん承知しております。
最初に、この『正座マニュアル』と、キョウカに教わったことですから!」
「フフッ! これならもう、ミライさんを安心して送り出せるよ。
今まで、本当にお疲れ様」
「……はい! キョウカも……今まで至らない私に正座を教えて下さり、本当にありがとうございました。
これから、十か月後の世界で暮らすことになっても……わたしの最初の『正座先生』は、永遠に、今ここにいるキョウカです!」
ここまでしっかり正座を学んだミライさんなら、きっともう、どこへ行っても大丈夫だろう。
仮に十か月後のわたしが鬼のように厳しい『正座先生』だったとしても、きっとしっかりついていけるはずだ。
それを確信したわたしは、涙をこらえて、ミライさんに大きな声でお礼を言う。
ミライさんが、少しでも明るい気持ちで、未来の世界に行けるように。
「ありがとう! 嬉しいこと言ってくれるね!
ミライさん、今まで楽しかったよ。本当に、本当にありがとう……!」
3
……こうして、ミライさんは旅立ち、わたしたち二人での正座ライフは終わりを告げた。
だけど、わたしたちは正座をやめたわけではない。
まず、ミライさんはもちろん、十か月後の世界で正座の勉強をしているはずだ。
また、もう『正座先生』でいる必要がなくなったわたしも、今は、趣味として正座を続けている。
今のわたしは、正座を通じて知り合った『ヤスミネ マフユ』さんや『コゼット・ベルナール』さんと一緒に正座関連のイベントを開催したり、コゼットさんの知人のフランスの皆さん向けの正座動画を作ったりしているのだ。
マフユさんとコゼットさんは、ミライさんの存在を知っている。
だから、最初は『ミライさんが日本を去った』と聞いて、とても残念そうにしていたけれど……。
新しい場所でもミライさんは必ず正座をしていると言ったら、喜んでくれた。
とはいっても、わたしにそれを確かめるすべはない。
わたしは当然、未来の世界をのぞくことはできないからだ。
だから……『きっと、正座を頑張っているんだろうな』と想像することしかできない。
「ミライさん、今ごろどうしてるんだろうなぁ……」
だから、ミライさんが去って二か月が経過した頃。
わたしが、初めてミライさんと一緒に出掛けた『星が丘図書館』の休憩所で窓際のテーブル席に座りながら、思わずこんなひとりごとをつぶやいてしまっていると……。
「なんと、再び十か月前の世界へ戻ってきております」
と、ふいに耳のすぐそばから、聞き慣れた声が聞こえてきた!
「……!?」
……だけど、ここは図書館だ。
今いる場所は休憩所とはいえ、大きな声を出してはならない。
だからわたしが、声も出せずに驚いていると……。
「……いえ、今は八か月前の世界ですね。
二ヶ月ぶりですね、キョウカ。
お元気そうで大変安心しました」
ミライさんは、何事もなかったかのようにわたしに話しかけてくるではないか!
「……ミッ、ミライさん……!
一体どうしたの……!? 十……じゃなかった、八か月後の世界で、頑張ってるんじゃないの!?」
「それがですね……」
だからわたしが小声で、でも大慌てでたずねると、ミライさんはあっさりとこういう。
まるで『実は、未来の世界に移動する前から、こうなるような気がしていた』とでも言うように。
「私が誤って『二〇二〇年の秋の日本』に移動してしまったことで、未来が変わってしまったようなのです。
『二〇二一年の秋の日本』のキョウカは『正座先生』をも凌駕する存在『スーパー正座先生・ギャラクシー』になっており、国内外いえ、地球と宇宙すら問わず、あらゆる方に正座を教えるために、非常に多忙な暮らしを送られていました。
さらにその傍らには、なぜか未来の私までおりました。
一年の任期を終えても、地球に残ることを選択したようです」
「ええっ……!?」
それは一体どういうことだろう。
わたしが理解しきれずに思わず椅子から立ち上がると、隣の席にいたおじいさんが、ビックリしたようすでこちらを見る。
だから慌てて会釈して謝って再び椅子に座り直すと……ミライさんはさらなる衝撃の事実を告げる。
「未来のキョウカと、未来の私を見たことで、私は確信しました。
『私が歩むべきは、『二〇二〇年の秋の日本で出会ったキョウカ』と正座先生になるべき道だ』。
『『二〇二一年の秋の日本にいるキョウカ』のことは未来の私に任せよう』
『私は『二〇二〇年の秋の日本で出会ったキョウカ』と頑張るべきだ』と。
そこで、再び『時間旅行の機械』の充電が済むまでの二か月間のみ未来のキョウカと未来の私に師事することにしました。
二人から学びたいことはたくさんありましたからね。
そして充電完了後、すぐさま戻ってきたというわけです。
とはいっても、キョウカと別れた翌日に移動するのは、なんだか恥ずかしかったので……。
私と同じ、二か月離れた時間を過ごしたキョウカのところへ、戻ることにしたのです」
「それって……」
「はい、キョウカ。また私と一緒に、正座を学んでくださいますか?」
「……!」
ミライさんがそっと右手を差し出し、再び、今度はそっと立ったわたしも、同じように右手を差し出す。
そして、握手をして、わたしはこう言う。
「喜んで……!」
そして。
……ああ、こうなったからには、今すぐマフユさんとコゼットさんに連絡しなきゃ。
それから、すぐさま正座できる場所に移動して……。
再び、ミライさんと一緒に正座をしよう!
と思って。
「じゃあ、早速行こうか、ミライさん……!」
「はい……!」
と、手を繋いで図書館を出て。
二人での『新しい正座ライフ』を歩み始めたのだった。
(終わり)