[38]正座先生と市民茶会


タイトル:正座先生と市民茶会
分類:電子書籍
発売日:2018/09/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:92
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
茶道部部長のリコは、茶道と正座の普及のため活動する、星が丘高校の3年生。
今年度の活動目標を「茶道部員全員を『正座先生』と呼べるほどの優秀な部員に育てる」と定めたリコは、5月に星が丘文化会館で行われる市民茶会に、部員全員でサポートスタッフとして参加することを決める。
誰でも参加できる市民茶会で、後輩たちに「もてなす側」「指導する側」としての経験を積ませようと考えるリコだったが、市民茶会当日、意外な人物が訪れる。

販売サイト
販売は終了しました。



本文

当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。


 二〇一六年。
 星が丘市にある星が丘高校に、今にも廃部になりそうな茶道部がありました。
 部員たちは、皆やる気と熱意にあふれる、真面目な生徒たちでした。
 しかし、新しい部員はなかなか増えず……茶道部は、三年生の女子生徒三人だけで活動していました。
 そんなある日、茶道部に、一人の女子生徒がやってきました。
 彼女は名前をリコといい、学年は二年生でした。
 茶道部員たちは、リコの登場に大変驚き、喜びました。
 部員が自分たちだけ……つまり、三年生だけの部のままでは、茶道部は来年、部員が誰もいなくなってしまいます。それは茶道部の廃部を意味するため、部員たちは、なんとかして部員を増やしたいと考えていたからです。
 リコはつまり、部員たちにとって、茶道部が来年も続くための、希望の星といえました。
 こうして茶道部は四人になりました。
 しかしリコは、やる気はあるものの、茶道経験のまったくない、大変な初心者でした。
 さらに、茶道部が来年度も活動するための条件には『来年度も活動できる現二年生以下の部員を、最低でもあと一人以上集めること』とあります。
 茶道部はリコという新しい部員を獲得しましたが、まだ廃部の危機から脱したわけではなかったのです。最低一人部員を獲得して二人になれば、ひとまず廃部は免れます。しかし、今後のことを考えると、四人部員を獲得にして五人になった方が、安泰と言えるでしょう。

 そこで、総勢四人となった茶道部は、リコを次期部長として育成しながら、あと四人以上部員を獲得するべく、数々の校内イベントで勧誘を続けました。
 その結果、茶道部は二人の新しい部員と、十人以上にも及ぶ兼部の部員に恵まれ、無事に廃部を免れたのです。
 ……これで、茶道部の問題はこれでようやく解決したように思われました。
 三人の三年生たちはそれぞれに心残りはあるものの、笑顔で卒業することができました。

 ですが、新部長になったリコにとっては、ここからが正念場です。
 校内イベントを重ねる過程で増えていった新しい部員たちを指揮するのは、ほかならぬ自分自身。
 しかも、今度は自分が最上級生となるのです。
 つまりリコは『茶道レベル』がまだまだ低い状態のまま、来年度以降の部を引っ張っていく後輩を育成しなくてはならなくなったのです。
 さてリコは、茶道部の未来のため、今回はどんなことを始めるのでしょうか?


「五月は、市民茶会で『正座先生』になりませんか?」

 四月末の茶道部会議は、わたしのそんな言葉から始まった。
 星が丘高校三階、茶道部部室。
 今ここには、茶道部部長のわたし『サカイ リコ』。
 副部長の二年生『コゼット・ベルナール』ちゃん。
 書記の二年生でコゼットちゃんの双子の姉の『ジゼル・ベルナール』ちゃん。
 次期幹部候補の一年生『ムカイ オトハ』ちゃん。
 それからわたしの古くからの友人でもある二年生『タカナシ ナナミ』をはじめとする、茶道部と別の部を兼部しながら活動している兼部部員のみなさんの全員がそろっていた。

「市民茶会?
 リコ様。それは、市が地域住民のために、百貨店や公共施設、お寺などで定期的に行っている茶会。
 ……という認識でお間違いなくって?」

 最初に口を開いたのは、副部長のコゼットちゃんだ。
 コゼットちゃんはその名前の通り、昨年度フランスからやってきた留学生である。
 だけどこの通り、日本語がものすごく堪能の、スーパー留学生だ。
 コゼットちゃんはいつも『もしかするとわたしよりも日本語が得意なんじゃ……?』と思うほど流暢に、明朗に意見を述べてくれる、頼れる存在だ。
 けれど、来日当初はなんと『日本嫌い』『正座嫌い』『もちろん茶道も嫌い』という、かなり茶道部とは縁遠い人だったのである。
 ではなぜ、どう考えても茶道部に寄り付きそうにないコゼットちゃんが、入部してくれたのかというと……。

「オーウ! 市民茶会! ワタシも知っていマース!
 誰でも参加できて、参加費もとってもリーズナブルで!
 服装も、作法もあまり気にせずに気軽にお茶をいただける、初心者にも優しいイベントなのデスヨネ?」
「二人ともその通り! コゼットちゃんもジゼルちゃんも、よく知っているね」

 やはり、この双子のお姉さんであるジゼルちゃんの存在が大きい。
 ジゼルちゃんは、コゼットちゃんとは対称的に、日本が好きで、正座が好きで、もちろん茶道も好きで留学を決意した女の子だ。
 本当はフランスの高校に通うはずが、日本が大好きすぎるゆえに留学を決めたジゼルちゃん。
 だから突然ジゼルちゃんが日本に行ってしまったことで、コゼットちゃんは『お姉さまを日本・正座・茶道にとられた!』と思うあまり、その三つを嫌いになってしまった。
 特に正座に関しては、フランスにはない習慣で、フランスで生活する限りはそこまで必要でもないし、何より難しい! という理由から、大嫌いになってしまっていたのである。
 なのでコゼットちゃんは、最初はジゼルちゃんの留学を中断させ、一緒にフランスに帰るという目的で日本にやってきた。
 だけど、星が丘高校に留学し、わたしをはじめとする茶道部員たちに出会い、コゼットちゃんは思った。
 『もしかしたら、今まで自分は正座が苦手だと思い込んでいただけ。もう一度トライすれば、自分も簡単に正座できるのではないか?』と……。
 結果はもちろん明らかだ。
 とにかく負けず嫌いで、日本が嫌いなはずなのに『お姉さまには負けられない』という理由から、日本好きのジゼルちゃんよりも日本語が得意になってしまったコゼットちゃん。そんな努力家の彼女が、正座が本当に苦手なはずがない。
 わたしたちが教えた座り方のコツにより見事正座をマスターしたコゼットちゃんは、大嫌いだった『日本・正座・茶道』を見直すため茶道部員となり、今は超優秀な副部長として活躍してくれているのである。
 ところでベルナール姉妹は、顔立ちも髪型も体型も実によく似ている。
 なので。
 気が強くはきはきしていて、日本語がうますぎる方がコゼットちゃん。
 明るく元気で、ややカタコトで話す方がジゼルちゃん。
 ……と、覚えてもらうといいかもしれない。

「すみません、質問です。
 市民茶会とは、基本的に、主催する流派の先生が行うものですよね?
 本来私たち高校生は、呼ばれる側として参加はできても……。
 今リコ先輩がおっしゃったように『正座先生』つまり、教える側として参加することは難しいのでは?」

 そして市民茶会についての知識があるのは、ベルナール姉妹だけではなかった。
 わたしの古くからの友人であり、茶道部の兼部部員でもあるタカナシ ナナミである。

「そう。ナナミ、鋭いね。そこなのです!」

 ナナミは茶道部専門の部員ではなく、剣道部とかけもちしている部員だ。
 だけれどこの通り、茶道部専門の部員と同じくらい熱心に活動してくれている、頼もしいお人なのである。
 おうちが剣道道場で、元々は剣道一筋の高校生活を送るはずだったナナミは、わたしがきっかけで兼部を決意してくれた。
 そう、何せこの星が丘高校茶道部部長のわたし……サカイ リコは、今でこそ部長として活動しているけれど、OGのユキさんに茶会に誘われるまでは、茶道の『さ』の字も知らなければ……。なんと、正座が大の苦手で、茶会中ちゃんと座っていられるかさえ不安な『正座下手』だったのである。
 わたしは子どもの頃、正座をする場面で一度失敗をした。
 だからそれから正座に対して、極度の苦手意識を持っていた。
 ゆえに、本来であれば、できるだけ正座をするような活動は避けて……そう、コゼットちゃん以上に、茶道部とは縁遠い人生を送るはずだった。
 それを変えてくれたのが、ナナミだ。
 去年、茶道部OGのユキさんに『学校祭の茶会に遊びに来ませんか』と誘われ、本当はすごく行きたいけれど、正座ができるか不安……。と悩んでいたわたしを、ナナミは正座について、座り方から、足が痺れそうになったときの対処、長時間正座しても平気になるトレーニング法など、懇切丁寧な指導で助けてくれた。
 その結果もやはり明白だ。わたしはナナミのおかげで苦手だった正座を克服し、無事に茶会に最後まで参加することもでき、茶道部に入部を決意したのである。
 同時にわたしは、それまで知らなかった正座の良さを知った。
 正座をすることで、気持ちが引き締まること。
 背筋が伸び、姿勢が良くなるので、崩した座り方よりも、格段に見た目が美しいこと。
 それから、腰に負担がかからず、腰痛予防になること。
 太ももの筋肉が鍛えられるので、骨盤の歪みも整えられること。
 他にも良い点は枚挙にいとまがない。あんなに苦手で、必死に逃げていた正座は、実はすごかったのである。
 確かに正座は、慣れないと足が痺れてしまうという側面はある。
 それが理由で、苦手意識を持ってしまうのもわかる。
 だけど、正座に関心があるなら、ぜひ正座してその良さを実感してみて欲しいし、逆に正座が苦手なら、もう一度正座のことを詳しく知って、それから自分がどう座るかを改めて判断してみてほしい。
 一度は苦手と感じ『できれば正座せずに暮らしたい』と思っていたわたしだからこそ、正座から距離を置いていた人には、もう一度正座してみて欲しいと思っている。
 だから、茶道部の活動を通じて、正座の普及に努める『正座先生』として、一人でも多くの人に茶道と正座に関心を持ってもらい……新たな『正座先生』を増やしていこうと今日も活動しているのである。
 ナナミがいなければ、今のわたしはいない。
 つまり、ナナミはわたしの『正座先生』なのだ。
 『正座先生』が正座に関心のある人に、長時間正座を続けやすい方法や、正座の健康に良い面などを教える。その結果、教わった人も『正座先生』と同等の知識と技術を身に着け、自らも『正座先生』となる。
 そういった方法でわたしたちは、正座に関する知識を持つ人を増やしていきたいと思っているのである。
 ……おっと。そう『正座先生』である。
 思い出話もいいけれど、今は市民茶会で『正座先生』になるための話をしなくては!

「ナナミの言う通り、本来私たち星が丘高校茶道部は、市民茶会にお客さんとして参加する立場の人間です。
 だけど、今回は、とある方から特別な要請を受け、おもてなしする側としての参加ができる運びとなりました。
 では、ナカノさん。お願いします」
「はい……失礼します」

 わたしが呼ぶ声ととともに、カラカラカラ……。
 と、控えめな音でそっと部室の扉が開く。
 そこにいたのは、わたしにとってはなじみ深いけれど、他のみんなにとってはほぼ『誰?』と思うであろう生徒だ。
 だけど、今回は彼女がイベントの大きなカギを握っているのである。
 何せ、彼女が持ち込んでくれた企画なのだから!

「……あら。あなた様は……」
「茶道部の皆さん、初めまして。
 リコさんのクラスメートの『ナカノ アキホ』といいます。
 うん。コゼットちゃんとは、何度か話したこともあるよね」
「ええ、いつもお世話になっておりますわ。
 でも、なぜナカノ様が今日はここに?」

 そう。
 『なぜリコのクラスメートがここに?』
 今全員が感じているだろうその疑問について、わたしとナカノさんはこれから解説していくつもりである。

「みなさん、今『茶道部員ではないナカノさんがなぜここに?』
 と思ってらっしゃると思います。
 ですが実は、ナカノさんは、茶道に関して深いかかわりがあるのです。
 なんとナカノさんのお母さんは、茶道の先生をされているんです。
 五月の半ばに、星が丘文化会館二階で実施される市民茶会でも先生を務められる予定です」

 その事実を知り、部室のあちらこちらから『おーっ』という声が上がる。
 わたしの目の前にも『なるほどなるほど』と頷き、わたしがこれから何を伝えようとしているのか、すでに察しているらしい子もいる。

「リコ部長! わたし、わかっちゃったかもしれませーん!
 ということはー……?」
「うん! たぶん、オトハちゃんの予想が当たってるよ」

 すでに察しているらしい子。
 それは、この、一年生部員のオトハちゃんである。
 オトハちゃんは今月入部したばかりの、一見超新米部員だ。
 けれど、実は誰よりも星が丘高校茶道部に詳しい存在……いわゆる、マニアなのである。
 オトハちゃんは星が丘高校に通うには少々遠いところに住んでいて、本来うちの高校を受験する予定はなかった。
 だけど、お友達に付き添う形で、星が丘高校が中学生向けに開いた『学校説明会』に参加したことで、オトハちゃんの進路は大きく変わった。
 オトハちゃんは当時、茶道部のPR活動を行っていたわたしと偶然出会い、大変な関心を持ってくれて……急遽、星が丘高校受験を決意してくれたのである!
 『学校説明会』は秋に行われた。
 だからオトハちゃんは、それから入学までの約半年間、受験勉強をしながら、星が丘高校茶道部についてかなり研究してくれたのだという。
 特に、学校のホームページに公開した茶道部のPR動画については、オトハちゃん一人でとんでもない回数を再生してくれたらしい。
 だから、ホームページ内にあるいくつもの動画のうち、茶道部の動画はダントツで再生回数トップなのだけれど……それがほぼオトハちゃんの応援によるものだということは、部外の人には秘密にしている。
 そんなにも熱心なオトハちゃんだから、入学式の日には、もう入部するために茶道部を訪れてくれた。
 しかしその際、ひとつトラブルもあった。……だけど、それはまた後でお話しするとして。
 こんな感じで、茶道部はここまでに登場したコゼットちゃん、ジゼルちゃん、ナナミ、オトハちゃんの四人と、兼部部員の皆さん。そしてわたしで成り立っている。
 こうやって振り返ってみると、星が丘高校茶道部はわたしを含めて『本来入部する予定がなかった人』たちの集まりであると、つくづく思う。
 だからもし、これから新入部員がやって来るなら、それもまた『本来入部する予定がなかった人』なのでは? と思ったりもするのだった。
 さて、そんな機会がありそうな気もする市民茶会へ、話を戻そう。

「今リコちゃんが話してくれた通り、私の母は定期的に市民茶会に先生として参加しています。
 だけど、今回はお弟子さんたちに都合のつかない方が多くて、当日の人手が足りないそうなの。
 その話を、わたしがリコちゃんにお伝えしたら……」
「もし、わたしたち茶道部が、ナカノさんのお母さまのお手伝いができたら。
 茶道部部員のスキルアップにつながるんじゃないかな? って思ったんだ。
 そこで一度ナカノさんのお母さまにお話ししたら『可能であればぜひお願いしたい』ってお返事をいただけたの。
 なので今日は娘のナカノさんに代行として、ご説明いただいてるんだ。
 つまり今は『ぜひお手伝いさせていただきたいです。ですが、部員たちには次回の茶道部の会議で相談をするので、最終的に何人お手伝いに入れるかは、会議後にお返事します』ってお伝えして、待っていただいてる状態なの。
 だから、この市民茶会については、参加は自由です。
 希望者だけ、当日手伝いに行く形になります。
 急なお話なので、難しい方もいると思います。だから、不参加でも大丈夫だよ。
 でも、学外でのお手伝い経験は、なかなか貴重なものだと思っています。
 ……どうかな?」

 話し終えたとたん、部室全体がシーンと静まり返る。
 いいお話だと思うのだけど、少し急なお願いすぎただろうか。
 しかし、すぐさまいくつも手が大きく上がり、同時にこんな声が続いていく。

「ぜひ! 参加させていただきますわ。
 やはり全員都合がつくというのは難しいでしょうから、可能な範囲でスケジュールを組むのがよろしいかと。
 まずは部員全員のスケジュール確認。その作業から始めましょう?」
「ワタシももちろん参加しマース!
 こんな身近に茶道の先生がいらっしゃったなんて知りませんデシタ。
 ナカノセンパイのお母さまに会うのが、今から楽しみデース!」
「私も参加します。
 五月の中旬であれば、剣道部の方もそこまで忙しくありませんし。
 ぜひお手伝いさせてください」
「とーぜん、わたしも行きますからねー!
 リコ部長のいらっしゃるところ、そこにはわたしも必ずお供いたしまーっす!」
「みんな……ありがとう!」

 温かい声に、ナカノさんと顔を見合わせ、揃ってホッと胸を撫でおろす。
 そうして、そこからしばらくみんなで話し合った。
 結果『急なので、当日参加できない』という方はもちろんいた。
 だけど、その人たちも皆『普段の部活の範囲で手伝えることがあれば手伝いたい』と言ってくれた。つまり、間接的な参加も含めると、なんと全員が参加表明をしてくれたのである。
 校内での、自分たちのみでの活動だけじゃなく、校外の、目上の方とも一緒の活動をする。
 ナカノさんに最初お話を聞いたとき、これは願ってもないチャンスだと思った。
 だから、自分一人だけでもぜひ行きたいと思っていたのだけれど、まさか全員の賛同が得られるとは!
 これは、星が丘高校茶道部においても、本当にいい経験になりそうだ。

「じゃあ、みんながそれぞれ参加できそうな日程を確認したところで。
 改めてお礼させてください。
 今回はわたしの急な相談に応じてくれて、本当にありがとう。
 全員、一部の作業であってもお手伝いしていただけるということで、本当に嬉しいです。
 で……実は、無事に多くの人数が集まったことで、ここでもう一点、わたしから相談があります。
 わたしはね。今回、先日の『春の部活動週間』みたいに、部を二つに分けたいなって思っているんだ」
「え? もしかして、市民茶会って、同時に何か所かで開催したりしますの?」

 コゼットちゃんが、驚いたようにポカンと口を開き、アルファベットの『O』の字みたいにする。
 確かに、そう思うのも無理はない。だけど、そうではない。
 コゼットちゃんが今言った、先日まで行っていた行事『春の部活動週間』では、茶道部はわたしが中心の『チームリコ』と、ジゼルちゃんが中心の『チームジゼル』の二つに分かれて、競い合う形で別々に茶道部のPR活動を行った。
 だけど今回はそういう『競争系』の取り組みじゃなくて……。部員全員が効率よく伸びていくための『協力系』の取り組みと言った方が正しいと思っている。

「市民茶会当日は、ナカノさんもお母さまと一緒に参加されます。
 でも、ナカノさんはお母さまと違って、特に茶道の知識はありません。
 なので人数も集まりましたし、今回のイベントでは、このようにしたいと思っています」

 立ち上がり、わたしはホワイトボードにキュッキュと文字を書く。
 『初心者組』
 『上級者組』
 という、二つの言葉である。

「茶道部には兼部の方が多く、学外での茶会に出た経験がない方も多くいらっしゃいます。
 なので、また実践経験の少ない一年生のオトハちゃんや、兼部の皆さんは、茶道部においては『初心者組』といえます。
 なので『初心者組』のみなさんは『ナカノさんに茶道を教える』あるいは『兼部部員同士教え合う』と言う形で学んでいって、当日に臨んで欲しいなと思っています」
「つまりっ、茶道部の中でも『初心者組』と『上級者組』に別れて、それぞれの実力にあった方法で市民茶会をお手伝いするってことですね?
 リコ部長、ステキです!
 わたしっ、燃えてきちゃいましたあー!」

 さすがオトハちゃん、理解が早い。
 続いて、コゼットちゃんも『ではわたくしも』という感じで手を上げる。
 二人ともかなり前のめりな性質なので、時々『まだ待って! 説明は終わってないよ!』と思うこともある。
 でも、意欲が高いのは素晴らしいことだ。
 なので、わたしもどんどん質問に答えさせていただきましょう。

「あの、リコ様。
 オトハさんたちが『初心者組』であるならば、わたくしたちは『上級者組』に該当するかと思うのですけれども。
 具体的には何をいたしますの?」
「わたしとコゼットちゃん、ジゼルちゃん、ナナミの、比較的古くからいる部員は『上級者組』として、主に二つの作業を行っていくよ。
 まず一つ目は、会の仕切りだね。
 ナカノさんのお母さんと打ち合わせしたり、目上の方とお話や相談をするわけだから、責任重大だよ。
 そして二つ目は『初心者組』のサポート。
 教え合う『初心者組』の様子を見ながら、困っているときは手助けして。
 もし教えている知識が誤っていたときは、そっと訂正するのもわたしたちの仕事だよ」
「なるほど! それは大変な作業なのデース!
 ここはワタシたち上級者も、初心に帰る必要がありそうデース。
 愛読書の『茶道の手引き』を、もう一度読み返さなくてはなりまセンねー!」

 あ『茶道の手引き』っていいな。
 もう一個案が浮かびそうかも。
 ジゼルちゃんの言葉に、さらなる良い作業が浮かびかけたとたん。
 ガラガラガラ! と、かなり慌てた調子で教室の扉が開いた。
 先ほどのナカノさんの静かな開け方とは打って変わった、激しい開け方である。

「申し訳ございませんリコ殿! 編入のための提出書類に、不備がございまして……。
 再提出のために遅くなっていたでござる」
「いやあ、わらわとしたことが、トチってしもうたわい。
 面目ない。じゃが……話はもうまとまったようじゃの」

 そうだ。このお二人のことを失念してしまっていた。
 見ての通り、一度は会議室まで来たのに、ちょっとしたドジが発覚して、結局会議に参加できなかったお二人である。

「はい! トウコ先生。
 茶道部がより良くなるための『新たなビジョン』を、無事にみんなにお伝えすることができました!」

 ではここで、やや古めかしい口調でお話しされるこのお二人について、ご紹介させていただきたい。
 一人称が『わらわ』で、ちょっとおばあちゃんのような口調でお話しされるのが、トウコ先生。明日からわが茶道部の特別講師として就任していただくことになっている。
 そして、トウコ先生と一緒にやってきた、小柄な女の子、マフユさん。
 彼女は、明日から星が丘高校の一年生として転入することになった。
 一人称が『拙者』で、まるで武士のような口調でお話しされる方がマフユさん……と覚えていただくと、きっとわかりやすいと思う。
 その口調からしてどこか不思議な雰囲気をまとうトウコ先生とマフユさん。
 実を言うとこの二人、人間ではない。
 星が丘市内にある、星が丘神社に祀られている神様と、その従者なのである。
 つまりトウコ先生とマフユさんもまた『本来であれば星が丘高校茶道部にはやってこなかった存在』だ。
 部活動の神様として祀られ、神様として静かに暮らす予定だったトウコ先生。
 そこにわたしが『星ヶ丘神社には、どんな部活も立派な団体に育て上げる先生がいると聞きました! その方はどちらにいますか?』と、トウコ先生の正体が神様だと知らず突撃したのが、わたしたちの出会いだ。
 わたしに関心を持ったトウコ先生は、それからすぐに星が丘高校茶道部が、自分が指導するにふさわしいか試験を受けさせてくれた。
 途中、雲行きが怪しい事態もあったけれど……最終的にわたしはそれに合格し、そして今日にいたるのである。
 指導を行うにあたり、二人は正体を隠して明日から星が丘高校に通ってくれることになった。
 つまり、神様とその従者の方にまでサポートいただいている。
 それが! この星が丘高校茶道部なのである。

「それでは!
 『春の部活動週間』が終わってすぐという形にはなってしまいますが……。
 市民茶会に向けて、さっそく頑張っていきましょう!」

 活動できる満足な数の部員がそろい、明日からは特別講師のトウコ先生も就任され、新入部員としてマフユさんもやってくる。
 今、ノリにノっているこの団体なら、市民茶会もきっとうまくいくはずだ。

「おー!」

 大きく上がるその声を聞きながら、わたしは市民茶会の成功をすでに予感し始めていた。


「それにしても、まさか市民茶会のお手伝いができるとは思いませんでした。
 昔のように部員の数が少なすぎる状態では、きっとできなかったことですよね。
 私たちも一つの団体として成長できているんだなって感じました」
「うん! わたしもそう思う。
 OGの先輩三人と、わたし、ジゼルちゃん、ナナミしかいなかった頃とは、もうまるで違う雰囲気だよね」

 茶道部会議が終わった帰り道は、ナナミと一緒になった。
 近所に住んでいるのだから下校ルートが同じなのは当たり前なのだけれど、こうして二人きりでゆっくり歩くのは、なんだか久しぶりな気がする。

「急に『会議をしたい』とおっしゃったから、何事かな? って思っていたんですよ。
 それは、この相談をするためだったんですね」
「そういうこと。
 事前相談なしに何かをするのが、いかにいけないことってことかは、トウコ先生をお呼びしたときの一件で十分理解したからね……。
 もう、どんなに小さなことでも絶対みんなに相談したいなって」
「あはは。もうお気になさらなくていいのに」

 ちなみに、先ほどは説明を端折ってしまったけれど……。
 なぜ『春の部活動週間』つまり、各部活が一丸となって『うちの部活に入部しませんか!』とアピールする校内イベントにおいて……茶道部のみが部を二つに分割して行った、チーム対抗のPR合戦になったのかは、主にわたしに原因がある。
 トウコ先生がいらっしゃるまで、茶道部には大人の指導者がいなかった。
 顧問の先生はいたけれど、茶道の知識があるわけではなく、部活自体にもあまり顔を出せない。という状態が続いていたのだ。
 それを憂いたわたしは、つい二週間ほど前、ちょっと暴走してしまった。
 友達に『星が丘神社には、どんな団体も一流にしてしまう部活動の神様的存在がいるらしい』と聞いたわたしは、聞いた瞬間、即座に直行。
 茶道部部員の誰にも相談しないままトウコ先生に会いに行き『指導者になってほしい』と頼んだのだ。
 そうしてトウコ先生の就任が決まり、そのこと自体は、みんな喜んでくれた。
 だけど、わたしの完全な独断で話を進めたことについては、当然納得がいかなかったらしく……。
 特にジゼルちゃんとナナミには大変怒られてしまい、それで『春の部活動週間』の間は別々に活動することになってしまったのだ。
 よく言う『ほうれんそう』。
 『報告』
 『連絡』
 『相談』
 これら三つを怠ると、こんなに恐ろしいことになる……。という出来事であった。
 だけど、市民茶会はそれを乗り越え、わたし自身も反省した後なので、同じ二チーム制とは言っても『春の部活動週間』とはまるで異なる。
 具体的には、こんな感じだ。

「今回の市民茶会において、部を『初心者組』と『上級者組』にわける取り組みについてはね。
 わたしがいつも遊んでるゲームを参考に考え付いたんだ」
「ゲームですか?
 茶道部の活動とどう結びつくのか、ちょっと想像がつきません。
 詳しく教えていただけませんか?」
「では、こちらのゲーム画面を見ていただきましょう」

 とはいっても、突然ゲームと言われて、ナナミはイメージしづらいだろう。
 なのでわたしは、早速実例を見せるべく、ちょうど目の前にあった公園に入ろうとナナミを促す。
 それからベンチを見つけ、並んで座りこみ……わたしはスマートフォンを取り出し、遊んでいるスマホゲームの画面をナナミに見せた。

「たとえばさ。
 ゲームだったら、キャラクターの能力が、こんな風に数値化されているよね。
 このキャラクターみたいに……。
 たいりょく:百
 すばやさ:九十
 まりょく:五
 みたいな感じでね」
「はい。わかります。
 たとえば敵と戦うロールプレイングゲームであれば、この数値を元に、各キャラクターの得意分野を把握して、戦いの際、どのような指示を出すかの参考にするんですよね」
「そうそう。
 このキャラクターだったら、たいりょくもすばやさも百近くと高め。
 スタミナがあって、機敏な動きができる。
 前線に立って敵を倒すのに向いてるって感じだね。
 でも、まりょくは低いから、魔法を覚えさせるのはやめておいた方がよさそうだよね」
「はい。この値では、魔法を覚えさせても、強い威力は期待できなさそうです」
「と……こんな感じで、パラメーターの数値を見ながら『このキャラはどう育てるか』って方針を決めるじゃない。
 でも、現実だと、こんな風にわかりやすく数値化はされていないでしょう?
 テストの点数くらいしか参考になる数字はないよね」

 ゲームの中では数値化されているけれど、現実では、数にはなかなか表せないもの。
 それが、人間の能力だ。
 では、それをどう明らかにしていくか……。
 わたしは今回、この課題にトライしていこうと思っている。
 ここまで話したところで、ナナミもなんとなく理解し始めたらしい。
 ポン、と手を叩いて頷いた。

「あ……なんとなく、リコ先輩が何をしようとしているのかわかってきました。
 今おっしゃいました通り、現実の人間のパラメーターは、完全に数値化できません。
 でも、同じイベントに全員で参加することで、ひとりひとりの得意分野や、逆に苦手なことを把握することはできます。
 リコ先輩は、今回のイベントで、現在わかっている数少ない情報である『初心者組』と『上級者組』に部を分けることで、ざっくりと各自に適した方向性を示し……。
 市民茶会の準備をする過程で、全員を観察しながら、より細かい各自のデータをとる。
 次回以降のイベントでは、それを参考に、各自の特技を生かした作業の割り振りをしていく。
 ということですね?」
「そういうこと!
 それから、人に教えると、教えられた側だけじゃなくて、教えた方も成長できるよね」
「だから、完全な初心者であるナカノ先輩に一時的に部に入ってもらい……。
 ナカノ先輩に教えるという形で『初心者組』を育成するというわけですね?
 『上級者組』はそれを見守りつつ、会自体の運営という新たな経験を積む、と」
「うん!
 全員が一年生だったら、他の方法もあるんだろうけど。
 もう、あんまりわたしは時間がないからさ。効率よくドンドンみんなを育成するにはこうかなって。
 わたしが引退した後が、問題なくスムーズに活動していくためにもね」
「引退……」

 そこまでとても明るい雰囲気だったのに『引退』の言葉を聞いて、心なしかナナミの声が沈んでいく。
 そう。
 三年生になったわたしは、もう自分の茶道部引退を意識して活動する時期になっているのだ。
 茶道部は文化部だ。
 しかも、美術部や文芸部のように他の学校と競う、高文連のような大会もない。
 なので『この大会が終わったら、三年生は活動終了』と、活動する期間が厳密に決まっているわけでもない。
 だから、引退時期は自由。
 OGのアヤカ先輩のように優秀で、大学の推薦が決まっているのであれば、卒業ギリギリまで活動することもできる。
 だけど残念ながらわたしはそこまで成績優秀でもないし、スポーツや芸術で推薦をもらえるような活躍もしていない。
 つまり、一般受験をして進学する以上、茶道部員として活動できるのは、十月ごろまでといえるだろう。
 今は四月末。
 あと半年ほどの間にわたしは、現茶道部員のみんなを『正座先生』と言えるほどの存在にし、安心して卒業できる状態にまでもっていかなくてはならないのだ。
 そうするには正直、時間はかなり足りない。それでもできる限り効率のいい方法を考えた結果、この考えに行きついたのである。

「……もう引退を考える時期になってしまったんですね。
 まだ先とはわかっていても、なんだか、淋しいです」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。
 確かにわたしも、まだ先のことだとは思う。
 でもそうやって油断してるとさ、わたしみたいな怠け者は何もしないまま引退時期が来ちゃいそうじゃない?
 だから、早めに準備を始めておきたいなって」
「そうですよね……」

 と。
 軽い気持ちで、引退を意識して活動したいといったのだけれど、ナナミは想像以上にしょげてしまった。
 ナナミは意外と淋しがり屋である。
 わたしよりも落ち着いていて、しっかりしていて、元祖『正座先生』なのに……。時折こうして、わたしがいないと淋しいと言ってくれたり、とてもかわいらしい反応をしてくれる。
 そんなナナミを見るたび、わたしは『そんなに淋しがらないで! ナナミなら大丈夫だよ!』という気持ちと『ああ、もっと淋しがってもらえるような、立派な先輩にならなくては……』という気持ちが混ざり合った、何とも言えない気分になるのであった。
 しかしそこで、ナナミがふと思い出したように『あっ』と声を上げた。

「……ところで、リコ先輩。
 さっきのコゼットさんとジゼルさんのお話によれば、市民茶会は、星が丘市民であれば、誰でも参加できるんですよね。
 ということは、つまり……」
「そう。やっぱりわたしたち、同じことを考えているね。
 シノちゃんのことでしょう?」
「はい」

 ナナミはゆっくりと頷き、わたしたちは同時にシノちゃんのことを思う。
 シノちゃんとはうちの高校の一年生で、オトハちゃんの幼馴染でもある女の子だ。
 先ほどもお伝えした通り、オトハちゃんは、本来星が丘高校を受験する予定はなかった。
 それが、お友達の付き添いという形でうちの学校の『学校説明会』を訪れ……結果、オトハちゃんはわたしと出会い、わたしを気に入ってくれたために進路変更を決意して、星が丘高校を選んでくれたのだ。
 何を隠そう、そのお友達というのが、シノちゃんなのである。
 つまり、シノちゃんは『自分がオトハを誘ったことで、オトハの進路を変えてしまったのでは?』と、強い責任を感じているのだ。
 だから、進路変更の最たる理由である星が丘高校茶道部は、果たして『いい部活』なのか? と、すごく気になっているらしい。
 にもかかわらず……実を言うと、シノちゃんにとって、星が丘高校茶道部の第一印象はあまりよくなかった。
 初めて会った日、わたしたち茶道部側が、大失敗してしまったからだ。
 先ほど説明を割愛した、入学式の日に起きたトラブルというのがこれにあたる。
 入学式の日。
 入部に向けてやる気溢れるオトハちゃん……と、それを心配しているシノちゃんは、なんと部活見学開始の日よりもかなり早く、フライングで茶道部を訪れてくれた。
 しかし『まだ誰も見学に来ないだろう』と思い込んでいたわたしたち茶道部員は、その日タイミング悪く、部室でお菓子を食べながら会議をしていたのである。
 幸い、オトハちゃんはほとんど気にしていなかったようだ。
 けれど『厳しく茶道部を審査してやる!』という気持ちで訪れたシノちゃんはそうはいかない。
 結果、茶道部はシノちゃんに対して『タイミングが悪かっただけで、普段は真面目に活動しているんですよ』と名誉回復するのに、かなりの時間を要したのである。
 具体的には、最近ようやく、棘のない雰囲気で普通に話してくれるようになった……という感じである。
 しかし。

「『入部するかはさておき、茶道部をしばらく見学させていただきたいと思っています』
 先日、シノさんはそうおっしゃったのですよね?
 であれば、私、シノさんには市民茶会の招待状を送ってよいと思っています。
 先生やオトハさんから勝手に住所を聞き出して郵送するわけにはいきません。
 だから、オトハさんにお願いして手渡ししていただくのはどうでしょう。
 オトハさんにはお手間おかけしてしまいますが、きっと応じてくださると思います」
「それだ! さすがナナミだね!
 せっかく茶道部に関心を持ってくれてるんだし、市民茶会の招待状送りたいなって言うのはわたしも考えていたんだけど、どう送るべきか悩んでたんだ。
 そうだ、オトハちゃんに頼めばいいんだ!」

 オトハちゃんから聞いたところによると、シノちゃんは学力重視でうちの学校を選んだために、どの部活に所属するかはまだ決めかねている。
 つまり、四月末現在も帰宅部のままらしい。
 そんな中、いくらオトハちゃんが心配と言えど、ちょくちょく茶道部に顔を出してくれるシノちゃん。
 これは本当は……少しは茶道部への入部意思を持ってくれているのかも……と、わたしは思っている。
 というか、わたしだけではなく、ナナミを始め、茶道部みんながそう思っている気がする。
 なのでここは一度、こちらからアプローチしてみるのはどうか。
 していい、と思う。してみよう!

「だったら招待状送り先の名簿に……一人追加しなくっちゃね。
 シノちゃん、来てくれるといいね!」
「はい! 私はきっと……来てくださると思っています」

 わたしたちは二人同時に頷き、ニコっと微笑み合う。
 そしてわたしは膝に乗せていたバッグ……そう、名簿の入ったバッグを、そっと持ち上げ、ギュッと強く抱きしめた。


 こうして『春の部活動週間』に続き、部をまたも二つに分けての準備が始まった。

「それでは、今日から市民茶会の日までお世話になります、ナカノ アキホです。
 改めまして、よろしくお願いいたします」
「はい! 『初心者組』ではあるけど、最も未来の部長に近い女。
 一年生のムカイ オトハでーす!
 こちらこそよろしくお願いしまあーっす!」
「同じく『初心者組』、ヤスミネ マフユでござる!
 拙者はトウコ先生とは違い、茶道に関しての知識はお恥ずかしながら、皆無でござる。
 ナカノ殿。同じくまったくの初心者として何卒よろしくお願いしますでござる!」
「『初心者組』の兼部部員、二年生のミカミ ハナです。
 当日は薙刀部の方で試合があって参加できませんが……。
 その分、当日まではしっかりお手伝いさせてください」

 今日のわたしは『初心者組』がナカノさんに茶道についてどう指導を行うか、チェックする係をしている。
 わたしがチェックするのは、今自己紹介をしていたグループ。
 主にオトハちゃんとマフユさんがナカノさんに教え、兼部のミカミさんがメモを取り、イラストも交えながら作業を進行するグループだ。
 そしてこのグループを、わたしリコは、一歩離れてサポートする形で見守る。というわけだ。

「では、まず!
 茶会に必要な持ち物からご紹介しまあーっす!」

 今日のこのグループは、茶会に参加する上で、必要なものを紹介する予定になっている。
 少し離れた場所では、比較的よく参加してくれている兼部の方が、あまり来れない兼部の方に……。という形で、いくつかのグループに分かれて同じように指導を行っている。
 そして、そちらではベルナール姉妹のどちらかが、あるいはナナミが、あるいはトウコ先生がサポートに入っている。というわけである。

「まずは、懐紙です!
 和紙の束を二つ折りにしたものというと、わかりやすいかな? って思います。
 懐紙は、お菓子をいただくときに、下に敷いてお皿のようにして使ったり……。
 口元や指先が汚れてしまったときに、ティッシュのようにふき取る役割をします。
 携帯用に懐紙入れというものがございますので、ナカノさん、マフユさん、ミカミさんの三人に差し上げますね」
「わあ! ありがとうございますでござる!
 ……とと。次は拙者が紹介させていただくでござるよ」

 茶会に行くにあたり、用意しておくものは四点。
 オトハちゃんとマフユさんが一人二点ずつ紹介し、ナカノさんに教える。
 ミカミさんはその光景をメモし、絵に描き、イベント後も使える『初心者用 茶道ハンドブック』としてまとめる作業をしていただくことになっている。

「二点目は、菓子楊枝でござるな。
 お菓子を頂戴する際は、一口サイズに切るのが基本でござる。
 そこで必要になるのが、この菓子楊枝なのでござるよ。
 木製、ステンレス製、プラスチック製と、素材はいろいろあるでござる。
 茶会によっては、ご用意してくださってることもあるでござるが……。
 茶道を始める際に、懐紙、懐紙入れ同様、自分用の菓子楊枝を買うことをお勧めするでござるな。
 ということで、はい。ナカノ殿とミカミ殿にプレゼントするでござる」
「わあ。すごく立派だね。こんなに良いもの、いただいちゃっていいの?」
「ええ、お二人をイメージして、素敵なデザインのものを選んでみたでござる!
 本当は、オトハ殿にもプレゼントしたかったのでござるが……」
「お気持ち、ほんっとーにありがとうございます! 
 でもマフユさんの気持ちは嬉しいんですけど、わたし茶道部に入れるのが嬉しくて、もう必要ないよねってくらいたくさん菓子楊枝を買っちゃったので……。
 お気持ちだけいただきますからねっ。
 次に三点目は、白い靴下になりまーす!
 こちらは茶室の中を清潔に保つために使います。
 なので、当日この白い靴下を履いてそのまま現地へ……。
 というのではなくて、茶室に入る前に履き替える形で使ってくださいね。
 はいっ、こちらもどーぞ! 三人にあげちゃいます!」
「お二人とも、どうもありがとう……。
 わたし、兼部なのにこんなにいただいちゃって、なんだか申し訳ないなあ」
「そして最後の四点目は、扇子でござる!
 とはいってもこれ、仰ぐためのものではないのでござるよ。
 正座してご挨拶する際や、茶道具を拝見する際に、膝の前に置くのでござる。
 膝の前に扇子を置くというのは『一線を画す』という意味でござる。
 ご挨拶する相手や茶道具に一線を画すことで、へりくだった気持ちを表すのでござる」
「なるほど! 仰がないなら何に使うの?
 って思ったけど、そういったことに使うんだね。
 しっかりメモしておかなくっちゃね」

 ところで、今メモを取りながら話している兼部のミカミさんは、絵がとてもうまい。
 ミカミさんは二年生で、ご本人が今おっしゃったように、茶道部と薙刀部の兼部として活動してくれていている。
 そして残念なことに市民茶会当日は練習試合とぶつかってしまい、来られない。
 だけれどその分、当日までの作業に貢献したいと言ってくれ、その画力を活かして、主にハンドブック作りを手伝ってくれることになった。
 そう、ハンドブック。これは、会議の日のジゼルちゃんの言葉がきっかけで作ってみることになった。
 当日まで、本番に向けて、ひとりひとり技術や知識をつけていく。
 でも、誰かが突然風邪やケガで欠席したり、何らかの事情があってこられなくなる可能性は十分にある。
 そんなときのために、こうして学んだことをまとめた、いざとなったときに読むハンドブックがあれば、便利なのではと思ったのである。
 そこで白羽の矢が立ったのが、理解力が高く、絵がうまいミカミさんだ。
 リーダーシップのある人、説明の上手い人、絵の上手い人。
 こうして一人一人の得意分野や、スケジュールを把握することで、茶道部全体を動かしていく。
 こういうことを学びながら、わたしも、少しはリーダーっぽくなっていけるのかな……。と感じる昨今である。

「ミカミさんの絵、すごくいいね。
 特にこの、菓子楊枝のイラストなんて最高。
 菓子楊枝にはシンプルなものから、今マフユさんのくれた、面白い形やデザインのものもあるんだ。それがとても分かりやすく説明されているよ。どうもありがとう」
「よかった! 私の絵がお役に立てているなら嬉しいです。
 薙刀部の方では、絵を描く機会ってなかったですから……。
 イラストという趣味が、茶道部に入ったことで活かせるなんて、なんだか不思議ですね」
「ね! でも、ミカミさんの技術にはすごく助けられているよ。
 うまいだけじゃなくて、描くのも早いから、説明をしながらでも図解用のイラストが追い付いてる。
 ミカミさんのお陰で、ハンドブックはとても良いものになると思うな」
「ありがとうございます!
 この調子で、もっとたくさんのイラストを描いちゃいますね!」

 こんな風に、茶道部専門の部員も、兼部の部員も、同じように得るもののある活動ができればいい。
 ミカミさんの嬉しそうな表情を見ながら、わたしもついニッコリと笑顔になるのであった。


 そうして市民茶会当日は、あっという間にやってきた。
 会場である星が丘文化会館は、わたしの家からは徒歩圏内。
 なのでわたしは集合時間よりもかなり早く来て待ち合わせをしていた。
 まだ、いらっしゃるにはしばらくかかるかな。
 と思ったら……あっ、来た!
 わたしには今日、シノちゃんの他にもどうしても招待したい方が二人いたのだ。

「おーい! ここだよ、リコ君!」
「おはようリコちゃん。久しぶりー!」

 そう! 星が丘高校茶道部OGの、アヤカ先輩とユキさんである。

「おはようございます、アヤカ先輩、ユキさん!
 しかも! 着物で来てくださるなんて!」
「当たり前だろう。こうして招待状も受け取ったわけだしな。
 服装自由の気軽な茶会とわかっていても、つい気合が入ってしまった」
「私も! それにしても、あのリコちゃんが市民茶会のお手伝いなんて、なんだか感慨深いね」
「もう! 『正座下手』だったころの話はしないで下さいよー」

 男性のような口調でお話しされるのがアヤカ先輩で、昔の『正座下手』だったころの私を知っているのがユキさんだ。
 アヤカ先輩は先代の茶道部部長で、ちょっと前にもお伝えした通り、成績優秀で推薦入学が決まっていたので、卒業ギリギリまで一緒に活動ができた先輩だ。
 アヤカ先輩はいつも堂々としていて、落ち着いた、人間としてとても余裕のある方だ。
 だから茶道初心者のわたしにも、ひとつひとつ優しく根気強く教えてくれ、秋には茶道部の合宿場所にご自宅まで提供してくださった。
 合宿では色々あったけれど、それも本当に大切な思い出だ。
 そして次の代の部長となったわたしは、アヤカ先輩のような部長になれている自信はまだないけど……。やはり目標は高く持って、アヤカ先輩を目指していこうと思う。
 次にユキさんは、ナナミ同様、わたしの古くからのお友達だ。
 ちなみに二人とも同じわたしの先輩なのに、なぜアヤカ先輩は『先輩』で、ユキさんは『さん』づけで呼ぶのかというと……。
 ユキさんはわたしの幼なじみで古い付き合いなので『先輩』というよりは『年上の友達』という関係なので、特別にそう呼ばせてもらっているのである。
 その証拠にユキさんは、わたしが一時期『正座下手』だった原因も知っている。
 わたしは子どもの頃、ユキさんと一緒に座禅教室に行き、そこで正座に失敗し、正座が苦手になってしまったのだ。
 だけど本当は座禅教室では絶対に正座していなくてはならない、というルールはない。
 だから、足を崩しても実は問題なかったと気づくのは……そのずっと後になってからである。

「ミユウも来たがっていたぞ。
 さすがに急すぎて、飛行機のチケットがとれなかったみたいだが」
「でも、伝言は預かってるよ。
 『リコちゃん、いよいよ部長って感じだねぇ! 学外のイベントは緊張するけど、その分支えてくれる人も増えるから、リラックスして挑んでね!』
 ですって」
「わあっ、嬉しいなあ……。後で、ミユウ先輩にもご連絡しなくっちゃ」

 そして今話題に出たミユウ先輩は、三人いた茶道部OGの、三人目の方だ。
 ミユウ先輩は、いつものんびり、ふんわりした雰囲気だけど、肝心なときはびしっと決めるタイプ。
 OGのみなさんは全員成績優秀だけど、ミユウ先輩はその中でも最も頭のよい人だった。
 ミユウ先輩は県外の大学に合格したため、今は遠くの土地で一人暮らしをしている。
 だから、星ヶ丘にはなかなか戻ってこられず、今日も参加はかなわなかった。
 それは淋しいけれど、こうして遠く離れても応援してもらえるのは本当に嬉しいものだ。
 卒業しても気にかけてくれる先輩が三人もいる。
 いや、これは、三人いた先輩のうち、なんと全員が気にかけてくれているといった方が正しい。
 これから先長生きしても、そんな幸せな後輩になれることはなかなかないだろう。
 だから、これからも、OGの先輩方とは大切に交流を持っていきたいと思う。

「ミユウに良い報告をするためにも、本番をしっかりこなさないとな。
 リコ君。もてなす側は、常に何が起きるかわからないという心構えでいることが大切だよ。
 たいてい、想定外のことが起きると思っていた方がいい」
「はい、ミスをしないように気を付けます!」

 アヤカ先輩の言葉に、わたしはミスをしそうな人……つまり自分という想定で返事をする。
 しかし、アヤカ先輩は

「いや、リコ君のことではないよ」

 と言って、小さく首を振る。
 なので、思わずキョトンとしてしまった。
 え? どういうこと?

「市民茶会で失敗をしそうなのは……。今日ここに来るお客様さ。
 特に心配なのは、ちょっと意地っ張りな方かな?
 そんな方が、助けを求めたいけど、素直になれない……。
 それに、いち早く気づいて、スマートに助ける。
 リコ君は今日、その役目を担っている。
 君はもう、そういうところにまで気を配る段階に来ているんだよ。
 さあ、そろそろ行きたまえ。準備を始めるのは、早いに越したことはない」
「うん、うん。
 じゃあ、わたし達は時間まで、一階の喫茶店で時間をつぶしているから。
 応援してるね、リコちゃん」
「は、はい! お二人とも、こんな早くからお越しいただきありがとうございました!
 では、また会場で!」

 失敗をしそうなのは、今日ここに来るお客様……?
 アヤカ先輩はああおっしゃったけど、市民茶会にいらっしゃるのは元々茶道に関心の高い方ばっかりだろうし。
 なかなかわたしが助け舟を出す場面もないだろう。
 アドバイスはありがたいけれど、結局何も起こらない気がするなあ……。
 そうしてお二人は一度去ってしまい、準備が始まり。
 瞬く間に受付の時間になる。
 準備を終えた後は、勉強のため、わたしはお客さんとして参加させていただきながら、万が一のときは茶会の進行サポートをする『隠しスタッフ』として活動することになっている。

 なので少しだけ暇を持て余して受付の方へ行くと……。

「……ご招待、ありがとうございます。せっかくなので来てみました」

 ちょうど、シノちゃんがやってきてくれたのである!

「ありがとう! 来てくれただけで嬉しいよ。
 今日はどうぞ気軽に、お茶を楽しんで行ってね!」

 どうしよう。本当にシノちゃんが来てくれた!
 これってもしかして、本当に入部してもらえちゃうかもしれない!
 思わず気分が高揚し、あまりの嬉しさに、わたしは思わず薄茶席でも、シノちゃんを自分の隣の位置に案内してしまった。
 そして、二人並んだ状態で、手前が始まった。
『隠しスタッフ』であるわたしは、あくまで客を装いつつ、周囲に困っていることがないかそーっと確認をする。
 しかし、どこにも特に変わった様子はない。
 なので隣の席にシノちゃんがいる市民茶会は、このまま何の問題もなく終わるように思えた。
 しかし、手前も終わりに近づいたころ……。

「っ……。うっ……」

 わたしは、気づいてしまった。
 さっきから、シノちゃんの様子がおかしい。つまり……。
 ――シノちゃんは、足が痺れているのだ。
 シノちゃんは真面目でプライドが高い。すぐに弱音を吐くような人ではない。
 だから、本人は一生懸命隠しているつもりなのだろうけど……。
 わたしには、わたしにだけはわかってしまう。
 なぜならわたしはこれまでにもお伝えした通り『正座先生』になる前はまさに『正座下手』といえる存在だった。
 正座が苦手な人が、どのような局面で足を痺れさせ、困ってしまうのか、わたしは熟知しているのである!

「……ゆっくり、左右の足の組み方を変えてごらん。そしたら少し楽になると思う」

 だからわたしは他の人には聞こえないよう、できるだけ小さな声で声をかける。
 その瞬間、シノちゃんがギクッとしたように顔を上げる。
 やはり足が痺れているんだな……と思いつつ、わたしは静かに静かに、もう一点アドバイスをした。

「あと、そーっと爪先を立ててみて。それで楽になることもあるよ。
 ……それでもつらいようなら、足を崩しちゃっていいから」

 シノちゃんはわたしの言葉に『見破られている』と観念したのだろう。
 涙目でゆっくりと頷き、そーっと、そーっと、両方のつま先を畳に立てた。
 足が痺れる。それ自体は本当によくあることで、多分、この茶室にいる人の中にも、あと一人くらいは同時に痺れている人がいてもおかしくない。
 だから、そんなに気に病んだり、恥ずかしがることではないのだ。
 でも、足が痺れてしまっただけで『一生の不覚!』でもあるかのように、ここまでうろたえているシノちゃんは、ちょっとかわいい。
 ああ、シノちゃんも茶道部に入ってくれないかなあ。
 そしたらもっと一から正座を教えて、痺れてしまった時の対処法とか、痺れにくくなるためのトレーニングとか。昔わたしがナナミに教わったようなこと、教えてあげられるのになあ。
 かといって、シノちゃんが本当に入部してくれるかはわからない。
 もし『今回で嫌になってしまった』と言われたら、わたしたちは無理に引き留めることはできない。
 でも……でも……。
 あともう少しだけ『入部してくれるかも』という、希望だけは持たせてください。
 そう祈りつつ、わたしはまだプルプル震え、それでも足を崩さないように頑張っているシノちゃんを見守った。


「すみません! 撤収が遅くなっちゃいました!」

 こうして星が丘市民茶会は、無事に幕を閉じた。
 撤収後はナカノさん宅でスタッフ打ち上げがある。
 そこで事前に『打ち上げ前に一度席を外して、ご招待したOGの先輩方にご挨拶してきていいですか』と頼んだところ『それなら、ぜひOGであるユキさんとアヤカ先輩もどうぞ』とおっしゃっていただき、二人も一緒に打ち上げに来ていただくことになったのだ。

「今日はお疲れ様だったな。立派にこなしていたじゃないか。
 自分のことのように嬉しかったよ」
「いえいえ、とんでもないです!
 でも。まだまだアヤカ先輩たちのようにはなれていませんが……。
 これまでよりも、少しはよくできたかなって思っています」

 アヤカ先輩にも今回の出来を誉めていただき、わたしたちはすっかり和やかムードだ。
 そこでユキさんが、衝撃の発言をするまでは。

「でも、茶会にシノちゃんも来ているとは思ってなかったわ。
 あの子、星が丘高校に進学したの?
 リコちゃんとお知り合いみたいな雰囲気だったわよね」
「え? ユキさん、シノちゃんのことをご存じなんですか?」
「だって……。
 私とリコちゃんが昔座禅を組みに行った時、シノちゃんもいらっしゃったじゃない。
 もしかして、覚えてないの?」

 ユキさんは『もう、忘れちゃうなんていけないわね』という表情を浮かべている。
 とはいっても覚えていない。
 それでも、ユキさんと座禅を組みに行った経験は人生で一度しかないことだけは覚えている。
 なぜならば……。

「それって、わたしが一時期正座が苦手になってしまったきっかけの……?」
「そうそう。座禅教室。あの時、シノちゃんもいたのよ。
 私、一時期、シノちゃんと座禅教室に一緒に通っていたの」
「えーっ!?」
「あの子、元々和風なことにすごく興味のある子だったの。
 リコちゃんが来なくなってからも、座禅は続けていたわ。
 私も長く続けたわけじゃないから、最終的にどれくらい通っていたのかはわからないけど……。
 ただ、ちょっと気が強くて、何でも一人で頑張りたがる子だったから……。
 いまだに正座は、あまり得意じゃないみたいね。
 当時も、今日みたいによく足が痺れて困っていたもの」

 そんなの知らなかった。
 まさか、シノちゃんが和風なことに興味関心があるだなんて。
 和風なこと。それにはもちろん茶道も入る。
 だから、シノちゃんはオトハちゃんの心配をしつつも、毎回しっかり茶道部のことを見ていてくれたんだ。
 これは、もう一回『入部しない?』って誘ってみてもいいのかも!

「……ユキさん。
 わたし、ユキさんの言う通り、シノちゃんはまだ正座が苦手なのではと思います。
 でも、やっぱりシノちゃんも、正座や、正座が必要な文化に興味があるなら『正座先生』になってほしいです。
 シノちゃんって、本当は絶対、正座にも茶道にも興味ありますよね。
 見込み……ありますよね?」
「うん、私もそう思う。
 でなければ、今日、わざわざ来たりしないはずよ」
「うん? 二人とも一体、何の話をしているんだ?」

 きょとんとしているアヤカ先輩に、わたしとユキさんは同時に振り返る。
 そうだ。アヤカ先輩は、まだシノちゃんのことを知らない。
 だから『なんのこっちゃ?』と思っている。
 だけど、もしシノちゃんが茶道部部員になってくれたのなら、これから知り合いになる可能性は十分にある。
 尊敬する先輩。アヤカ先輩にとっての後輩を、わたしが『正座先生』として頑張ることで、もっと増やせたら、どんなにすてきだろう。
 そう思うだけで、わたしはまたやる気がわいてくる。
 最初は正座が苦手だったり、嫌いなところから始まってもいい。
 そんな人がもう一度正座してみることで、正座を見直し……もしまた関心を持ってくれたのなら、わたしは本当に嬉しい。
 『正座先生』とまではいかなくても、正座に関心を持ち、積極的に正座をしてくれる人。
 そんな人を増やしていきたいから、わたしは明日も頑張るのである。
 そしてシノちゃんもその一人になったらいいな、と思っている!

「次回の茶道部の活動計画について、ユキさんと話していました!
 アヤカ先輩!
 わたし、もっと茶道部が盛り上がるよう、引退までまだまだ頑張りますからね!」
「おおっ? なんだかよくわからないが……。
 それは実に頼もしいな。楽しみにしているよ」

 わたしの言葉に、アヤカ先輩がハハッと笑う。
 今回はナナミに、ミカミさんに、アヤカ先輩にと……。イベントを行う過程で、親しい人たちの笑顔がたくさん見られてよかった。
 なので次はぜひとも、シノちゃんに笑っていただきたい。
 ええ、次回こそ、必ずや。
 そう思いながら、わたしはお二人と、みんなが待つ打ち上げ会場へ歩いて行った。


あわせて読みたい