[220]正座先生ギャラクシー、正座と向き合う



タイトル:正座先生ギャラクシー、正座と向き合う
分類:電子書籍
発売日:2022/03/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:44
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 星が丘市に暮らす平凡な中学生・キョウカは、宇宙人のミライに正座を教える『正座先生・ギャラクシー』として活動中。
 しかし、『正座初心者さん』でもあるキョウカは、このままミライの『先生』を名乗っていてもいいのだろうか? と、不安を感じていた。
 そんなキョウカは、正座に詳しい大学生・ナツカワさんの勧めで、自分にとって正座が、本当に必要なものなのか、それとも不要なものなのかについて、改めて考えることになる。
 そのうちキョウカは、ミライに正座を教えるうち、自分にとって正座が大切なものになり始めていたことに気づく。
 だけど、ミライはそんなキョウカに、思うところがあるようで……。
 地球人と宇宙人、二人で一から正座を学ぶ、新しい『正座先生』シリーズ、第5弾です!

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本文

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 たとえ自分が

『先生になりたい!』

 と思っていても、肝心の生徒から『いいえ、結構です』『もう、あなたから学ぶことはありません』と断られてしまったら、そのときは、一体どうしたらいいんだろう。
 わたしはつい最近まで、自分が先生になるなんて考えたこともなかった。
 だから、当然この『先生として、生徒に必要とされなくなったらどうしよう?』という問題について、一度も考えたことがなかった。
 ある日突然『先生になってほしい』と頼まれた。
 先生になるつもりはなかったけれど、自分を頼ってきた人のことが心配だったし、力になりたいと思ったので、先生役を引き受けることにした。
 だけど自分は、その分野について素人だった。
 それゆえに、先生となったわたしと、生徒である『とある人』は、実際は実力的に大差ない。
 それでも頼られた以上は、先生として頑張りたいと努力をした。
 だけど……やがて『実力や経験がある訳でもないこんな自分が、先生を名乗ってもいいのかな……?』と、悩むようになってしまった。
 これがわたし、『サワタリ キョウカ』の身に、最近起きた出来事だ。
 『とある人』が求めていたのは、正座に関する知識と、それを与えてくれる先生だ。
 だけど『とある人』には、教えてくれそうな人のあてが『一般的な日本人』程度の知識しかない、わたししかいなかったのである。
 こうしてわたしは『とある人』に正座を教える『正座先生』となり、先生を名乗って暮らすようになった。
 これは積極的に望んだことではなかったけど、わたしは先生になったからには、責任を持って取り組みたいと思うし、先ほど言った通り、多少気持ちがくじけることはあっても……やっぱり先生として頑張っていこうと思うようになりつつある。
 そんなわたしの生徒、つまり『とある人』の名前は『ミライ』さんという。
 わたしはミライさんのために、一から正座を勉強し、正座に詳しい人たちに師事し、少しずつ力を付けてきた。……と、いうわけだ。
 だけどここで、先ほどの問題が浮上してきた。
 現在わたしの生徒は、ミライさんしかいない。
 だから、仮にミライさんが去っていったら、わたしはもはや『先生』とは呼べなくなってしまうのである。
 わたしは今『たとえミライさんとの関係がうまく行かなくなったとしても、機会があれば、誰かに正座を教えたい』と思っている。
 それは、正座を学びながら四苦八苦したり、試行錯誤したりした時間に、高い価値を感じているからだ。
 ……でも、本音を言えば、ミライさんに去ってほしくはない。せっかく先生になったのに、唯一の生徒に愛想を尽かされるような事態には陥りたくないし、可能な限り、それを阻止したい。
 ではなぜ、そんな心配をしているのかというと……。
 わたしは今、ミライさんに、すでに愛想を尽かされたかもしれないからである。


「ナツカワさん、マフユさん! もっと正座のこと、教えて下さい!」

 中学二年生の、秋のある日。
 星が丘神社にあるヤスミネさんのお宅では、わたしのこんなお願いによって、一つの『正座会』が進行していた。

「もちろんだとも!」
「任せるでござるよー!」

 今、快く応じて下さったのが『ナツカワ』さんと『マフユ』さん。
 まず、ナツカワさんはフルネームを『ナツカワ シュウ』さんといい、地元であるこの町、星が丘市を離れ、東京都の学校に通われている大学生だ。
 スラっと背が高く、メガネが似合う、知的なお兄さんである。
 次に、マフユさんはフルネームを『ヤスミネ マフユ』さんといい、星が丘高校に通う高校生だ。そして、星が丘市民なら誰でも知っている『星が丘神社』にお住まいの『和風』の化身のような方だ。
 マフユさんはこの通り古めかしい武士のような口調で話し、年下であるわたしにも丁寧に接する、とても腰の低い方だ。
 体型も小柄なことから、一見するだけでは、わたしとマフユさん、どちらが年上なのかわかりにくいかもしれない。
 だけど、お話しをしてみるとその姿にはどこか貫禄があり、にじみ出る『年上のお姉さん』感がある。
 決して格好つけたり、えらそうにしたりはしないのに、ちゃんと年上らしさのある、素敵な人なのである。
 そんなわたしたち三人は、今日、初めて三人揃った。 
 まずわたしとナツカワさんは、つい先ほど、わたしの落とし物をナツカワさんが拾ってくださったことで知り合った。
 そしてお話しているうち、ナツカワさんが、最近親しくしていただいているマフユさんのご友人であることを知り『であれば、三人一緒にもっとお話ししよう!』ということで、二人でヤスミネ家へ遊びに来たというわけだ。
 だけど、実はヤスミネ家には先客がいた。
 しかもわたしは、最初からそれを知っていた。
 なぜなら、今日は本当は……わたしとミライさんが、ヤスミネ家に遊びに行く日だったからである。
 このミライさんとは、もちろん、わたしの唯一の生徒であり、今、わたしに愛想を尽かしたかもしれないミライさんのことである。

「…………」

 『用事があるから』と、ヤスミネ家に一緒に行くことを断った。
 なのに、数時間後、なぜか別の方を伴って、ヤスミネ家に現れた。
 今のわたしは、ミライさんから見ると、そんな、わけのわからない存在だ。
 当然困惑するだろうし、もしかすると『なぜ、短時間で言ってることややってることがコロコロ変わっているのだろう』と、怒っているかもしれない。
 わたしとナツカワさんがヤスミネさんちに来てから、ミライさんは一度挨拶をしたきり、まったくわたしに話しかけない。
 わたしの言葉に驚いて少し反応したり、必要な会話はしたりするけれど、なんとなくよそよそしいのだ。
 それどころか『シラーッ……』と、冷たい視線を向けてきているようにさえ、思える。
 正直言って、針のむしろだけど……。
 それでもわたしは、ヤスミネ家で勉強したいことがあった。
 もちろん、正座である。

「キョウカ殿は、本当に勉強熱心でござるなぁ!
 今日だって最初は『用事があるから来られない』とおっしゃっておったのに……こうして、時間を作って、ナツカワ殿と来て下さったのでござろう?」

 ウッ。
 マフユさんが、早速痛いところをついてくる。
 同時にナツカワさんが『えっ? そうなのかい?』という表情になり、わたしはさらに痛いところを、グリッ! グリグリッ! と攻撃された気分だ。
 当然だ。ナツカワさんと出会ったとき、わたしはとても『用事がありそう』には見えなかった。
 いかにもヒマそうに、ポツンと川原にたたずんでいたのである。
 それはもちろん、本当は用事なんてなかったからだ。
 わたしはつい先ほどまで、ミライさんに正座を教える先生、つまり『正座先生』としての活動を今後も続けるか悩み、ヤスミネさんちで正座を勉強することにも消極的だった。
 だから『用事がある』なんて嘘をついてお誘いを断り、外をふらついて、そこでナツカワさんに出会ったのである。

「そうなのだよ。キョウカくんは僕と出会ったとき、とても忙しそうにしていた。
 だけど、僕がマフユくんと知り合いであると聞き、急遽用事を済ませて、同行してくれたんだ。
 ねっ? キョウカくん」

 そんなわたしの事情を、ナツカワさんは察してくれたのだろう。
 さらりと嘘をつき『話を合わせて!』とわたしに目配せをする。

「そっ、そっ、そ、そうなんです!
 ナツカワさんがその用事を手伝ってくれたので、わたし、来られたんですよぉ」

 ウウウッ、みんなで楽しく過ごすためとは言え、嘘をつくのはとても胸が痛い。
 一瞬ミライさんの顔が『そうだったのですね……』と和らいだので、さらに胸がズッキン、ズッキンとする……。
 だけどここで『いいえ、違います』と言ったら、せっかくこの場をごまかそうとしてくれたナツカワさんの厚意が無駄になる。
 わたしはひきつったヘラヘラ笑いを浮かべながら、ナツカワさんの嘘に話を合わせることにした。

「そんなキョウカくんには、僕らが持てる知識をどんどん継承していかないとね。
 僕も、休みが明けたら東京に戻らなくてはならないし」
「そうでござった! しかし、ナツカワ殿が卒業された後も、こうして一緒に『正座先生』としての活動ができるなんて、なんだか嬉しいでござるなぁ。
 では、キョウカ殿。先ほどキョウカ殿は『自分にはまだ、基本的な知識しかない』とおっしゃったな。
 その『基本』から一歩進むには、どのような事を覚えたり、知ったりすればよいのか、考えてはおるでござるか?」
「は、はいっ!」

 ナツカワさんが話題を変えたことで、マフユさんがピンと背筋を整え、改めてわたしに向き合う。
 ナツカワさんとマフユさんは星が丘高校の先輩と後輩の関係で、ナツカワさんが在学していた頃は、一緒に正座の普及に努めていたそうだ。
 だから今日は、当時に戻ったような気持ちなのだろう。
 そんな風に喜んでもらえるなんて、教えてもらうこちらとしても嬉しいし、本当にありがたい。
 なので、そんなマフユさんに、わたしが今聞きたいことは……。

「わたしは、マフユさんが『自分にとって正座が必要だ』と感じるようになったきっかけを知りたいです」
「えっ! それは、正座の知識ではなく、拙者の過去の話を知りたいということでござるか?」
「はい。そうです。
 もちろん、マフユさんが神社のお生まれで、マフユさんの生活の中には、ずっと自然に正座があったことはわかっています。
 だけどその中で『人に正座を積極的に教えていきたい』とお思いになられるほど、正座の良さや、必要性を感じた出来事があったら、教えていただきたいんです」
「さようでござるか……!」

 わたしの答えは、マフユさんには意外なものだったようだ。
 でもわたしは『せっかく一緒にいるのだから、マフユさんからしか聞けないことを聞きたい』と思っていた。
 わたしとマフユさんは正座について教えてもらう・教えてあげるという関係だけれど、知り合ってからはまだ日が浅い。
 先に正座の基本的な知識を教えてもらっていたからこそ、マフユさん個人については、知らない事がまだまだあったのである。

「そうでござるなぁ……。
 実は拙者、本当は星が丘高校茶道部で正座を教える予定もなかったでござるし、そもそも、星が丘高校に入学予定もなかったのでござる。
 同居している我が師『ヤスミネ トウコ』様が、二年前、星が丘高校茶道部の特別講師になられたので……それに付き添う形で、入学・入部したのでござるよ」
「えーっ! そうだったんですか!」

 これは初耳だ。
 まさかの、マフユさんまでもが、わたしと同じ『本来正座先生になる予定のない人物』だったとは。
 わたしはこれまで、マフユさんは元々正座や日本の文化全般に関心があったから、茶道部に入部されたんだとばかり思っていた。
 でも、実際は違ったのだ。

「だから、最初は『拙者のような人間が、茶道と正座に真剣に取り組んでいる部員のみんなと一緒に活動していて、いいのでござろうか?』と悩んだこともあったでござる。
 確かに拙者は今キョウカ殿がおっしゃった通り、神社に生まれ、正座に慣れ親しんで育ってきた。
 だから、正座そのものはできた。
 だけど、茶道部に入って正座を教えるようになった頃は、特に正座に強い思い入れや、情熱はなかったでござる。
 もちろん『正座は大切なものである』と認識してはいたでござるよ?
 でも、拙者にとっては、正座をすることは当たり前すぎて、正座について、深く考えたことがなかったのでござる」
「そうだったんだね。それは、僕も知らなかったよ。
 僕はキョウカくんと違って、トウコ先生に師事した一人だし、先生からは、たくさんの事を教えてもらったけれど……。
 そのような事情があったとは知らなかったよ。
 てっきり、マフユくんも元々正座に関心があったから、トウコ先生についてきたのだと思っていた」
「そう! そこなのでござるよ! ナツカワ殿!」
「? どういうことですか?」

 ナツカワさんの今の言葉は、マフユさんにとって重要な指摘だったようだ。
 マフユさんは、さっきよりも熱い口調になって話し始めた。

「確かに拙者はこれまで、『自分は成り行きで正座を教えるようになった』と捉えていた。
 だけど、今キョウカ殿に質問されて『必ずしも、そうではないのではないか?』と思い始めていたでござる。
 二年前、トウコ様の付き添いを選ぶとき、その候補は拙者のほかにもおった。
 だから拙者が『どうしても気が進まない』と伝えれば、断ることもできたでござる。
 でも、拙者はそうはしなかった。
 それは、心のどこかで『もし正座を教えるなら、責任を持って教えられるのは、ずっと正座に親しんできた拙者だろう』『加えて、茶道は未経験だし、これを機に学んでみたい』と思っていたからでござる。
 つまり、無自覚ではあったものの、心の奥底では拙者は自分の正座に『自信があった』し、『機会があれば、人に教えたいという気持ちがあった』ということでござろうな。
 つまり拙者は、心の底ではずっと自分の正座に自信を持ちつつ、正座を自覚的に学んだり、自覚的に特別視したりはしていなかった。
 それが変わったのは、やはり、星が丘高校に入り、茶道部で活動を始めてから。
 そう。『教える側』になったからでござる」
「…………!」
「だから、キョウカ殿。質問に答えるでござる。
 拙者が『人に正座を積極的に教えていきたい』と思うほど、正座の良さや、必要性を感じるようになったのは、まず、次の二つのきっかけがあったからでござる。
 一つ目は『正座を教える側になったから』で、二つ目は『それによって、実は、自分が正座に自信を持っていることに気づいたから』でござる。
 ずっと正座に接してきた拙者は、これまで正座のいい所を理解しつつも、これを人に教えようとはしてこなかったでござる。
 それが、この二つのきっかけで変わった。
 変わったことにより、拙者は『自分の考える、正座の良いところ』について考えるようになった。
 それは、たとえば、正座をすると背筋が伸び、姿勢が良くなるので、気持ちが引き締まること。
 良い姿勢になっていることにより、悪い姿勢でいるときよりも呼吸がしやすく、身体に取り入れられる酸素が増える。これによって、精神的に落ち着くこと。
 正座を自分にとっての『日常的な座り方』にすることで、冠婚葬祭等の『かしこまった場』で正座を求められても、難なく対応できるようになること。
 正座の大敵である『しびれ』についても、正しい知識を得ることで避けられるし、そもそも『しびれ』が起きるのは正座をするときだけではないので、他の場面においてしびれてしまったときも、この知識で対処できること。
 これらは拙者が元々知っていることでござった。
 でも、もちろん、これらについてまだ知らない方もおられた。
 だから、教えていこうと思った。
 つまり『自分の知っている知識を、まだ知らなくて、かつ求めている人がいる』と気づいたとき、拙者は『人に正座を積極的に教えていきたい』と考えるようになったでござる。
 また、教えるうちに、正座についてもっと知ろうと思った。
 そんな、よい循環が生まれたでござる」
「そうか、それを発展させた一つが、正座をすることによって心を集中させたり、眠気防止をしたりする『正座勉強法』だったんだね」
「さようでござる。持っている正座の知識を、どのように応用していくか。
 それを、拙者は、リコ殿や、ナツカワ殿たちとの活動で学んだでござるな」
「つまり……マフユさんは、もともと持っている『正座の知識』を活かせる場に、偶然行くことになった。
 これをきっかけに、正座について考えた。
 それによって、これまで意識してこなかったけれど、自分は『正座のいいところ』をたくさん知っていると気づいた。
 そこで、周囲には『正座の知識』と『正座のいいところ』、両方を知りたいと思う人がいるから、積極的にこれを教えていこうと思った。
 そういうことだったんですね?」
「さようでござるー! あとは、教えることは、学ぶことでもあるでござる。
 どんどん新しく学んでいかないと、教えられるネタが減っていく恐れがあるでござるからな。
 拙者にはこの『知識を伝える』『もっと伝えるために、周囲のみんなと一緒に勉強する』『勉強することで、さらに自分がレベルアップする』というサイクルが自分に向いていたでござる。
 キョウカ殿も、そうではござらんか?」
「……わたしですか……?」
「キョウカ殿は、海外からいらっしゃったミライ殿に正座を教えるため、不慣れながらも『正座先生』に立候補したと聞いた。
 拙者には、キョウカ殿もまた『ミライ殿に知識を伝えるために、ミライ殿と一緒に勉強する』『勉強することで、さらに自分がレベルアップする』サイクルにいると感じたのでござるよ。
 だから、今日も無理を押してきてくださったのでござろう?」
「それ、なんですが……」

 もう嘘はつけない。そう思った。
 わたしは正座をしたまま、深々と、下げられる限り頭を下げる。
 正座をしながら頭を下げたのは初めてだ。
 実際は、立ち上がって頭を下げてもよかった。
 けれど、今回は正座のままの方が『謝りたい』という気持ちが伝わる気がしたのだ。
 そして、今日ここに来るまでの本当のことを伝えた。

「ごめんなさい! わたし、本当は今日、用事なんてなかったんです。
 わたしは最近正座について詳しいわけでもないのに、ミライさんの『正座先生』を名乗るのが苦しくなって『このまま続けてもいいのかな』って悩んでいました。
 だから、今日のお誘いにも積極的になれなくて『用事がある』って嘘をついて、ミライさんだけに行ってもらうことにしたんです。
 だけど、嘘をついたからには、用事があるふりをして、外に出なくちゃいけないから。川原でぼんやりしていたら、偶然ナツカワさんに出会ったんです」
「キョウカくん……」
「ナツカワさん、ごめんなさい。
 せっかくわたしのために一緒に嘘をついてくれたのに。
 でも、やっぱりマフユさんやミライさんに嘘をつき続けることはできません」
「キョウカ……それでもマフユさんのお宅に来てくれたのは、なぜですか?
 あなたは『正座先生』を続けることに疲れてしまったのではありませんか?」

 ここで、ミライさんが初めて口を開いた。
 もっともな指摘だ。ミライさんからすれば、わたしの行動は、本当に謎だらけだろう。
 だけど、このまま黙っていると、さらなる混乱や、誤解を招くだけだろう。
 すべてを話す必要があると思った。

「ミライさん、それは違うよ。
 今日ここに来たのは、ナツカワさんのお話を聞いて『マフユさんとミライさんに会いに行った方がいい』って思ったからだよ。
 『正座先生』を続けるかどうか悩んでいたわたしに、ナツカワさんはこう言ってくれたの。
 『キョウカくんはまだ『自分は正座が好きか嫌いか』も、『自分にとって正座は必要かどうか』もわかっていないんじゃないか』って。
 だから、それを見極めるために、一緒にマフユさんのおうちに来てもらうことにしたんだ」
「じゃあ……」
「それで、今マフユさんのおうちに来てわたしは正座が『好きなんだ』『必要なんだ』ってわかった。
 ここに来てすぐのとき、まずはわたしが正座について知っていることをお話しする時間をいただいたけど。
 マフユさんの言う通り『教えるのは、楽しいなぁ』って思ったし『正座はよいことだってわかってるんだから、関心のある人には、自分の知識を伝えていきたい』って思った。
 そのあと、マフユさんのお話を聞いたときも楽しかった。
 それはやっぱり、わたしがマフユさん自身に対してはもちろん、正座について、高い関心を持っているからだよね。
 たとえばわたし、最初は確かに、自分の生活に正座は特に必要ないって思ってた。
 だけどミライさんの先生をすることになって、正座について覚えて。
 その過程で、良さを知っていった。
 だから『生活において、絶対正座をしなければならない場面』は今のわたしにはないけれど『生活していく中で、正座をしていきたいな』って自発的に思うようになったよ。
 それはきっと『好きだ』『必要だ』って感じてるってことだよね。
 わたしは正座の、こんなところが好き。
 たとえば思った以上に汎用性が高くて、星が丘高校茶道部みたいな、正座をしながら行う活動や、さっきマフユさんが言ったように、冠婚葬祭の場で正座ができると、とても役に立つところ。
 たとえば短時間でも正座をすれば気分が引き締まって、気持ちを新たにできるところ。
 そして、正座を教わったり、教えたり、一緒に正座することで、交友関係が広がっていくところ。
 だから、ミライさん。わたしでよければ、これからも先生をさせて下さい!
 わたし、技術的にはまだまだで、頼りないことの方が多いけれど……これからは積極的に、あなたと正座を勉強していきたい!」
「キョウカ……!」

 わたしの言葉に、ミライさんが泣きそうな声で返事をする。
 わたしはずっと、ミライさんが、わけのわからないわたしの行動に、混乱したり、怒ったりしているんじゃないだろうかと思っていた。
 だけど本当は、不安を感じたり、悲しくなったりしていたということがわかった。
 なぜなら、ミライさんは次に、こう言ったからだ。

「キョウカ。私は急にあなたに『正座先生になってほしい』とお願いしたことで、あなたに迷惑をかけているのではないかと思っていました。
 本当は気が進まないのに、私のために、無理をして正座をしてくれているのではないかと、心配だったのです。
 でも、違ったのですね。
 あなたがそうおっしゃってくださるなら、喜んで、これからも一緒に勉強させて下さい!」
「ミライさん……!」
「キョウカ!」

 顔を上げたわたしに、ミライさんが、ガバッ! と抱きつく。
 それを見たマフユさんとナツカワさんが、優しく微笑む。

「これにて一件落着! でござるな! とはいっても拙者はその場にいただけでござるが……。
 だからキョウカ殿の悩みを解決させた、ナツカワ殿は、すごいでござる!」
「僕は本当に偶然通りがかっただけだけどね。
 僕が思うに、もし僕が通りがからなくても、キョウカくんはマフユくんの家に来ていたと思うよ」
「いえ、二人のお陰です! お二人がいてくれたから、わたし、正座について深く考える機会を持てたんです!」
「だったら嬉しいな。キョウカくん、ミライくん、これからもぜひ、正座についてもっと知っておくれ。マフユくん、僕が東京に戻った後も、二人をよろしくね」
「もちろんでござるよー!」
「私からもお礼を言わせて下さい。ミライさん、ナツカワさん、この度はありがとうございました!」
「ありがとうございました!」

 わたしとミライさんが並んで頭を下げ、それを見たマフユさんとナツカワさんは、今度は照れたように笑う。
 たくさん悩んだけど、その分だけ、素敵な結論が見つかった。
 そんな秋の一日だった。

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