[337]正座汁・藍万古の料理教室


タイトル:正座汁・藍万古の料理教室
掲載日:2025/02/06

著者:海道 遠

あらすじ:
 おいらはグレーのミニうさぎの座タロウ。飼い主は男子大学生のつどい。(実家住まい。家族は両親と中学生の妹、ひよりちゃん)
 それと、ひよりちゃんが可愛がっている、おいらの後輩のミニうさぎ、パト(男の子)。
 万古老正座師匠の正座料理教室が開かれることになった。目標は「正座汁」。
 女性を集めるために、万古老が藍万古(あいばんこ)に若返った姿で教壇に立つことに。表向き、現代では藍万古は万古老の筆頭弟子ということにしている。



本文

当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。

序章

 数日前の夜、うさぎ仲間だけがキャッチする小さな足音が縁側で聞こえたと思ったら、弟分のパトの友達の子うさぎたちだった。
「パト! 怖い顔のおじさんが森の中で、そっと穴を掘っていたよ!」
「誰だろう、怖いよ!」
「何のための穴だろう?」
 パトは眠い目を無理やり開いて、友達の報告を聞いてそのまま、ひよりちゃんに伝えた。
 ひよりちゃんは怖くなり、布団を被って寝てしまった。

 万古老師匠の正座料理教室が開かれることになった。
 女性を集めるために、万古老が藍万古に若返って教壇に立つことに。表向き、現代では藍万古は万古老の筆頭弟子ということにしている。

 場所、つどいくん家の近くの恋美兎(こいびと)神社、社務所の2階会議室にて。

第一章 料理教室の発表

 おいらはグレーのミニうさぎの座タロウ。飼い主は男子大学生のつどい。(実家住まい。家族は両親と中学生の妹、ひよりちゃん)
 それと、ひよりちゃんが可愛がっている、おいらの後輩のミニうさぎ、パト(男の子)。
 つどいは神社の氏子総代のお嬢さん、麗歩さんに片思い中。

 恋美兎神社で「正座汁のお料理教室」が開かれることになり、掲示板で発表された。
「このおいら、恋美兎神社のご神兎を務める座タロウ様には何の相談もなく決まったんだってよ!」
 おいらはブー垂れて、足ダンッ☆している。
「お前が包丁や鍋持って教えるわけじゃないから、いいじゃないか」
 夕飯後、つどいはスマホでゲームしながら、寝転んだまま答えた。
「つどいは習いに行かなくていいのか? 先生助手の中に麗歩さんの名前もあるみたいだけど」
「れ、麗歩さんが先生の助手に?」
 つどいはガバッと起きた。
「恋美兎神社『正座汁のお料理教室』! これか!」
 さっそく検索したみたいだけど、ションボリした。
「どうしたんだ、つどい。行かなくていいのか?」
 おいらは、せっせと毛づくろいしながら、もう1回聞く。銀色グレーの毛並みはいつも美しくしておかなきゃねえ。
「だって、お兄ちゃんは料理なんてしたことないし、お肉や野菜の種類の区別さえつかないもんね」
 妹のひよりちゃんが言った。
「う、うるさい! ひより!」
「残念ねぇ。麗歩先生に会える機会なのに」
「お、全くの初心者もOKだって!」
 つどいの瞳が輝いてきた。
「講師は……藍万古座之介(あいばんこざのすけ)? どんな人だろう?」
「先生は、すっげぇイケメンの男の先生だってさ」
 ひよりちゃんがスマホを読んで、
「ふむふむ、SNSで美人正座家として、すっかり有名になっている麗歩先生が、藍万古座之介先生に夢中で是非とも料理教室を一緒にやりたいってお願いしたそうよ! てか、麗歩先生はすでに藍万古先生の婚約者だってウワサまで!」
 コ、コンヤクって! 確かケッコンの手前だよな?
 あちゃー、つどいが真っ青になった! 大丈夫かな?
「麗歩さんが婚約だなんて! ガセに決まってるさ!」
 つどいはフン、とひと言で吹き飛ばしたが落ち着かなさそうだ。
「正座汁か〜。美味しそう。あたし、習いに行こうかな」
 ひよりちゃんは大乗り気だ。

 説明会があり、ひよりちゃんとお母さんが参加して、やっぱり、つどいも申し込むことにしたんだって。へん、無理しちゃって!
 おいらは人間のご飯は食べられないけど、ご神兎だから、出席しなくちゃいけないんだって。
 皆さんが作ってる間、ひよりちゃんが透明カプセル型のキャリーバッグ背負って、おいらはその中から見ることになった。火元や包丁があって、飛び乗ったりしたら危ないからだって。

第二章 料理教室初日

 さて、初日。
 神社の社務所前に現れたのは、大型バイクでやってきた背の高いおじさん? お兄さん?
 ヘルメットを脱ぐと青い髪がバサッて肩に落ちた。
 ひゃあ、なんてイケメンなんだ! 昭和のロックシンガーか? シリアスな表情で、今どき珍しいロン毛だしお母さんが見たら、きゃあきゃあ言いそう!

 おいらの予想に反して―――、
 会議室に集まっていたお姉さんやお母さんたちは、彼を見つめてシーンとなった。
 藍万古先生とやらは藍色の着物に着替えて、低いテーブルの前で説明しながら、ゆっくりと優雅とも言える正座の所作をした。
「背筋を真っ直ぐに伸ばし、膝をついて、着物に手を添えたらお尻の下に敷いて。かかとの上かVの字のへこみの中に座ります」
「なんて美しい……。この世に藍色の鷹がいるなら、ゆっくり空から地上に降りたような……」
 集まったお姉さんたちは緊張で固まって動けない。
 お〜い、ひよりちゃん、お母さん、しっかりしなよ! 説明が始まるようっ!
 藍万古先生は、髪をひとつにまとめて壇上に立った。
「宜しく。万古老師匠の筆頭助手の藍万古 座之介と申します。今日は初めての料理ですので、基本のメニューにお澄ましのお雑煮風の正座汁を作ることにしました」
 生徒の皆さんは、初日から調理と聞いて、大慌て!
「今日使う、鰹節ならぬ四角いハコフグ節と汁の具材は用意しましたから、材料についてはご心配なく。白い割烹着も何十枚か用意いたしました」
 落ち着いて述べる表情が凛々しくて、生徒さんたちがうっとり♡

 助手を務める麗歩さんが、正座して自己紹介した。
「この度、料理教室で助手を務めさせていただく麗歩です。この中には正座教室や華道教室で、ご一緒の方もいらっしゃると思いますが、改めてこちらでも宜しくお願いいたします」
 相変わらず、おしとやかな中にしっかりした挨拶をした。
 つどいがボウっとなって見つめている。
 藍万古先生が、
「正座汁が完成したら、続けて味を確固たるものにして、各自と宮司さんご夫妻と氏子総代さんにも試食していただく予定です」
 生徒たちはざわついた。
「そこで調理中や試食中に正座が乱れた方は、作りなおししていただきます」
「え〜〜〜!」

 そこへ、孔雀柄のド派手な緑の着物に、たすき掛けをして風呂敷包みを背負った女性がやってきた。
「遅くなりました! お料理に使う四角いフグ節を持ってまいりました、孔雀原まゆ子と申します」
 急いで少し乱れた髪を整えると、かなりな美人だ。帯にも孔雀が描かれている。
「あっ! あのお姉さんは……!」
「どうした? パト」
 後輩うさぎのパトがキャリーの中で騒いだ。
(お姉さんの香りは、おいらが赤ん坊の時に確か、哺乳瓶でミルクをくれた人の香りだ……)
「お姉さんはボクの命の恩人だよ。赤ん坊の頃、捨てられて迷子になっていたところを拾って、温かい寝床と温かい哺乳瓶ミルクをくれたんだ」
「そうだったのか。ひよりちゃんが、林の中で出会った綺麗なお姉さんからお前をもらったって言ってたけど、あの人のことだったんだな」
「うん。おぼろげにオツムに残ってるよ」
「料理教室では一緒に作るのかな?」

第三章 鰹節ならぬフグ節

「では、まず、正座の所作をして座りましょう」
 藍万古先生が言った。
「恐れ入りますが、皆さん、立ち上がってください」
 生徒さんたちが立ち上がった。胸をはって立ち上がる若い女の子や、「よっこらしょ」のお婆ちゃん、さまざまだ。
 着物と袴に着替えた藍万古先生は、イケうさのおいらから見てもカッコいいじゃないか。
「では、まず背筋を伸ばして、頭の真上から足の裏まで自分の中心に、1本の芯棒が立っているとイメージしてください」
 生徒さんたちは、一生懸命にイメージしている。
「イメージできましたか? では、膝をついてスカートの方はスカートを、着物の方は着物に手を添えながらお尻の下に敷いて、かかとの上に座ります。かかとはVの字に開いても構いませんから、Vの中に座ります。――座れましたか?」
 生徒さんたちは、無事に座って「はい」と返事した。
「最後に、両手を静かに膝の上に置いてください」
 藍万古先生は、生徒さん全員を見渡した。
「皆さん、大変よく正座できていますね」
 生徒さんの前には、正座した高さで作業しやすいように低いテーブルが用意されている。
「テーブルの上には、料理の材料が4人分ずつに分けて、今日は5つ、用意させていただきました」
 テーブルの上に材料が置いてある。
「関東地方のおすましのお雑煮です。お手元のタブレットに材料を入力しておきましたので、ちゃんとそろっているかチェックしてください」
 ひよりちゃんが、タブレットとテーブルの上を交互に見て、
「角餅に、ニンジン、ダイコン、春菊、しいたけ、カニの足……沖縄の四角マメまで! うん、そろっているわ。これは何かな?」
 茶色いカタマリがある。
「それはフグ節です。正座の床面のカタチは四角ですので、それに因んで四角いハコフグのフグ節です」
 孔雀柄の着物のお姉さんが説明した。
「フグ節――?」
 生徒さんたちがざわついた。
 タブレットで藍万古先生が海で泳いでいる写真を見せる。本当に四角にぷわぷわと膨らんでいる。
「鰹節と同じくらい良い出汁が採れるのかしら?」
「フグの毒は大丈夫なのかしら?」
 藍万古先生が、
「毒の件なら大丈夫です。ここまで焙乾(ばいかん)したり燻したり長期間、天日干ししてありますまので毒の成分は残っていませんから、安心して使いましょう。詳しくはタブレットに送った『鰹節の作り方』を参照してください。試食済みです」
「それなら安心ね。後はお味ね」

第四章 料理はじまる

 グループに別れた生徒さんたちは、さっそくまな板を取り出し、野菜を切り始める。
 野菜のよい匂いがして、おいらのお腹が鳴った。特に春菊!
 パトも足をバタバタさせている。
「パト! 春菊はいいけど、玉ねぎやネギは食べちゃダメだぞ!」
「はぁい、座タロウ兄ちゃん」
 ひよりちゃんがキャベツを与えたので、パトは美味しそうにかじり始めた。
「四角に切るのよね」
「キューブ型でもいいのかしら?」
 生徒さんが迷っていると、
「ああ、キューブでも平たい四角でもよろしいですよ。大根なら、そのままでもいいくらいなんだけど」
 突然、硬い顔のままで、藍万古先生が変なユーモアじみたことを口走ったので、笑っていいのかどうか生徒さんたちは戸惑っている。
「あら、大根足から正座を想像されたのかしら。大真面目な顔で!」
 その瞬間、おいらは孔雀柄の着物のおねえさんが、キッとした眼で、藍万古先生の方を向いたことに気がついた。どうして怒ったんだろう?
 続いて例のフグ節で出汁を摂る。皆さん、何度も味見している。
「鰹節ってわけにはいかないけど、まあまあなんじゃない?」
 かたい野菜から煮はじめた。

第五章 赤鬼の味見

 料理教室3日め。
 藍万古先生が、改まってお料理の前に話があるという。何だろう? 1日めも2日めも、まあまあ美味しく出来たって、つどいもひよりちゃんもお母さんも言っていた。
「こうして皆さんに『正座汁』なるものを作ってもらっているのは、神事で神様に供えるお汁を完成させるためなのです」
「神様って、恋美兎神社のご神体のことですか?」
 つどいが手を挙げて聞いた。
「いや、正座の神様のことなんだ」
「正座の神様?」
 おいらも生徒さんたちも、目をまん丸にした。
「そんな神様がいらっしゃるの?」
「おわされるんだ。しかし、誰も姿を見た者はいない。万古老師匠でさえ見たことがないと言う」
 藍万古先生はため息をついた。
「そこで、『正座汁』でおびき出そうという作戦だ」
(な〜るほど!)
 おいらは、人間が手を打つ代わりにキャリーバッグの中で足ダンッ☆した。パトも釣られて足ダンッ☆した。
「正座の神様かぁ……どんな姿してるんだろう?」
「男かな? 女かな?」
「どっちにしても、気高くきれいで正座しているんだろうな」
 パトが眼をキラキラさせた。
 宮司さんと氏子総代さんの試食も、OKが出て無事に済んだ。しかし、藍万古先生は納得できずにまだ作り続けると言う。 

「何かいい匂いがすると思ったら、何だ、この汁は?」
 小柄な赤い鬼が窓から登りついて勝手に入ってきた。赤い肌はもちろん化粧か何かしているのだろうが、角や歯のキバはリアルだ。
「あんたは誰よ?」
 生徒の奥さんのひとりが聞いた。
「おいらを見て分からへんのか? 節分鬼やがな」
「節分鬼ですって? 背が低い鬼ねえ」
 小鬼は鍋に近づき、
「正座の神様に捧げる『正座汁』やと? どれどれ、おいらが味見してやろう」
 鍋からお玉で勝手にお碗にすくい、がぶ飲みした。
「ぶ〜〜っ!」
 小鬼は吐き出した。
「何や、この水くさい味つけは!」
 生徒の皆さんやつどいも俺も、小鬼の失礼な振る舞いに、ムカッとした。
「いきなりやってきて何が分かってるのよ!」
「そうだよ! 皆で一生懸命作ったのに、吐き出すとは失礼だぞ!」
「節分鬼だなんてインチキ鬼! どうせ商店街のコスプレバイトでしょう」
「床に散らかした分、掃除しなさいよ!」
 ところが小さな赤鬼は開き直り、
「あっかんべえ、いややで、掃除なんか。不味い正座汁を作るのが悪いのや!」
 言うなり、また窓の外へ飛び出して行った。

第六章 出汁の候補

 正座汁の味を良くしようとあれこれ考える、藍万古先生。四角の材料の料理を集めてみんなで作ってみたり。
 生徒の中に紛れこんできた、髪がボサボサのナゾの中年男が「良い出汁が出るよ」と言って、黒いカタマリを持ってくる。着ている服もぼろぼろなので、生徒さんたちは離れている。
 おいらが怪しいと思い、カタマリを観察するとモズの早贄(はやにえ)みたいにミイラになったカエルのカタマリだった。
「きゃ~~! カエルのカタマリ?」
 ただちに、黒いカタマリは出汁に使わないよう、藍万古先生から指令が出た。
 教室が終わってから、おいらとパトが、こっそり中年男の後をつけて行くと、彼が神社の裏手の土を掘っていた。
 パトが慌てて、
「あっ、あの辺は、ひよりちゃんの飼ってたアマガエルのエメどんたち仲間が冬眠している場所だよ!」
「なんだって!」
 つどいが中年男の肩をつかんで掘るのを止めさせる。
「ダメだよ、おじさん! そこはカエルたちが冬眠しているんだから!」
 しかし、冬眠ガエルはもう残っていなかった。同時に怪しい中年男の姿も見えなくなった。
「エメど〜〜ん!」
 駆けつけたひよりちゃんが号泣する。エメどんはもう出汁になって食べられたのか、助かったのか?
(ひよりちゃん、希望を持って! きっとエメどんは無事だよ。香箱座り仲間だもん)
 おいらとパトは、ひよりちゃんを慰めて祈った。
 先日の節分の鬼に扮した小鬼が、またやってきた。
「なんだ、こんな水くさいもん!」
 と、正座汁の出汁に酒の粕(かす)を放りこんでおいたから、正座汁は粕汁になってしまった。
 藍万古先生は、味見に正座汁を飲んでしまって、みるみる顔が真っ赤になり、少しのお酒にも弱いことが分かってしまった。
「あ、あ、や、ヤバいっ!」
 孔雀原まゆ子さんが止めようとするが、時、すでに遅し!
 早くも泥酔した蒼い髪のイケメン青年から、いつものお爺ちゃん万古老の姿に返ってしまう。
「きゃあ〜〜! 藍万古先生が白ヒゲのお爺ちゃんに!」
「誰なの? 玉手箱なんか持ってきたのは!」
 生徒たちもびっくりして、大混乱になってしまった! 
 おいらもびっくりした!
「万古老! どうするの!」
 孔雀原まゆ子が叫んだが、お爺ちゃんになった藍万古先生は、自分で白いひげの先を見て、
「へへへ……、こりゃ、魔法のとけたシンデレラじゃな」
 真っ赤な顔でヘラヘラ笑っている。
 あげくの果てに正座汁を捧げる「正座の神様」は、自分が飼いはじめた犬(秋田犬)のことだと口走ってしまった。
「『万犬号』(ばんけんごう)と名前をつけたんじゃ。可愛くて賢くてのう」
「犬のための正座汁ですって~~?」
 生徒さんたちは、呆れるやら怒り出すやら。
「私たち、犬のエサのために料理してたの?」
「犬に咬まれたことあるから苦手なのに、なんてことなの?」
 犬があまり好きではない人は怒り出す。

第七章 藍万古、謝る

「コホン」
 外の風に当たってきた藍万古は、小さく咳をして藍色の長い髪の艷やかなでスラリとした美貌の姿に戻った。
「突然、驚かせてしまい失礼いたしました」
 生徒さんの2、3人が、
「そんなことありませんわ。白いおヒゲの万古老さんも親しみやすくて、カッコいいですよ!」
「そうですよ。たまには万古老さんの姿で教えてくださいな」
 藍万古は頭をかいた。
「ご冗談を。もう酔いも覚めたので、この姿で続けます」
 生徒さんたちは、ちょっとがっかりしたようなホッとしたような複雑な表情だ。
 おいら座タロウも、白いおヒゲの万古老お爺ちゃんが好きだけどな。一度、あのシワと温かさが溢れてる手でナデナデしてほしいよ。
「ところで念の為に尋ねますが、夕方、食材に紛れこむ恐れのある、黒いカエルのカタマリを出汁に使った人はいないでしょうね?」
「カエルのカタマリですって!」
 生徒さんたちはざわついた。
「今日の昼間、怪しい男が生徒のふりをして、まがい物の鰹節を売りに来たのです」
「まがい物の鰹節? それがカエルのカタマリなんですか?」
「分析したところ、そうでした。つどいくんの妹さんのひよりちゃんに聞いたところ、一時期飼っていたアマガエルのエメどんが冬眠した場所を掘った男がいたそうです」
「まあっ! カエルが可哀想だし、そんなのを出汁に使ったら、どうなることか……」
「怪しい男の捜索は続けますから、皆さんは『正座汁』に合うレシピを考えてください。今度は人間用のをね」
「はい!」
 藍万古先生は、真面目な顔に戻った。
 孔雀原まゆ子さんが先生に近づいて耳打ちする。
「もう絶対に、お酒を飲んじゃダメよ」
「分かった。……でも、手遅れだな。本体がバレてしまった……」
 藍万古先生は苦笑した。孔雀原まゆ子さんは先生とどういう関係なんだろう?
「それより……カエルのカタマリを持ってきた男が気にかかる。な、つどい?」
 背中のカプセルから、つどいに声をかける。
「ああ、俺もだ。いかにも、性悪なことを企みそうな奴だった……」
「見たの? どんな男だったの?」
「髪の毛が肩まで長くて、ボサボサでさ、隙間から見える目がギロリとしていた。シャツもズボンもボロボロだった」
「そんな人が、よく神社に入ってこれたね」
「粕汁騒ぎでバタバタしていた時だったからな」

第八章 麗歩さんの様子

 春の行楽シーズンを前に、正座汁と共に正座弁当を作ることになり、主に正座を表す四角い食材を使って生徒全員が献立を考えてくることになった。
 ビーフの角切りが主に。チョップドサラダ(四角くカットした柴漬け入りや鶏肉入りも)ロールキャベツ、正方形春巻き、四角いコロッケ、じゃがいもと大根のサイコロ切りの煮物。ナスビの角切り漬物。デザートにスイカやリンゴのキューブ切り。
 美味しそうなオカズが並んだ。
 ああ〜、なんていい匂いなんだ! おいら、ガマンできない!
 ちょうどその時、ひよりちゃんが、おいらとパトにチモシーを持ってきてくれた。
 むしゃむしゃ。チモシー、美味しい!
 パトと仲良く食べた。ありがとう、ひよりちゃん。

 実際に基本のじゃがいものキューブ煮っころがしを教室で作ることになった。
 味付けは、和風、洋風2種類だ。
 和風キューブ煮のグループに、麗歩さんが入っていた。
「お芋の煮っころがしなら任せてください」
 麗歩さんは、割烹着のヒモを結び治してやる気満々だ。野菜を刻み終わり、じゃがいもを煮ていく。
(あれ? キューブだから四角いスープの素なんじゃないの?)
 麗歩さんが鍋に入れたのは、黒いでこぼこのカタマリじゃないかな?
(この前、ナゾの男が持ってきた黒いカタマリに似ていたぞ)
 つどいにきいてみると、すぐに鍋を覗きに行った。
「黒いカタマリなんて何も入ってない。芋と大根と四角い溶けかけのキューブ出汁だけだぞ」
 そうかな? それならいいんだけど……。
「あれ?」
 クンクン。しばらくして、嗅いだことがない匂いが漂ってきた。多分、この前の黒いカタマリ事件の記憶のせいかな。
「いいお出汁が出ていますわ」
 一番に味見をした麗歩さんの目つきが、さっきまでの元気いっぱいなのと全然違っている! とろんとして力の抜けた目つきだ。
「麗歩先生の様子が何か変だよ」
 つどいに伝えると、びゅんと飛んでいき、
「麗歩さん、ご気分が良くないのではないですか?」
「え? いいえ、大丈夫ですが」
「疲れた目をしておられますよ。下の奥座敷で休ませてもらってください」
「え? ええ……」
 麗歩さんは、つどいに連れられて階下へ行き、おいらとパトは、カプセル型のキャリーに入ったまま、調理台から離れて畳の上に転がっていた。

第九章 試食寸前

 各グループの芋の煮っころがしができたようだ。
「さあ、試食してみましょう」
 藍万古先生の言葉に、皆は器に芋と大根の煮物を配り終えて、さあ、食べましょう、という時だった。
「なんだか、Rグループの匂い、変な匂いじゃない?」
 生徒さんのひとりが言うのを聞いた藍万古先生が、すぐにRグループの鍋の匂いを嗅いだ。
「皆さん、試食は中止です! 手をつけないでください!」
 藍万古先生は、すぐにすまほを手に取り、警察に電話した。おいら、またびっくりした! 藍万古先生、つまり万古老おじいちゃんが、すまほを持ってるなんて!
 数分でパトカーがやってきた。
「この鍋から異様な匂いがします。今のところ、お腹の痛みとか訴えている人はいませんが、出汁を食品保険センターに分析してもらってください」
「藍万古先生! 1階に寝ている麗歩さんが、気分が悪いって!」
「すぐに調べます!」
 警察官が数人動き、調理室に物々しい雰囲気が満ちた。
 生徒さんたちは正座からバラバラと立ち上がり、壁の周りにもたれて事の成り行きを見守った。
「皆さん、気がかりでしょうが、結果は折って連絡させていただきます。今日のところは早く帰宅なさってください」
 藍万古先生が言い渡した。

第十章 闇の中の闘い

 夜が更けて―――。
(ここからのナレーターは座タロウから、普通のにバトンタッチ)
 つどいとひより兄妹と座タロウ、パトも家に帰り、皆が寝静まった深夜――。
 恋美兎神社の鎮守の森を、ムササビのように飛び回る人影があった。葉擦れの音がするだけで物音はしない。
 しかし、藍万古は暗闇の中でも標的を見据えて逃さなかった。
(逃さん! 兇つ奴め!)
 梢(こずえ)を縫って、相手の鋭い視線が返ってくる。
(俺を兇つ奴(まがつど)と見破ったか!)
(お前ほど、残忍で悪逆な徒は、兇つ奴しかおらぬ。神仙で修行した正座師匠を毒殺しようなどと画策するとは。それも多くの罪もない人々を巻き添えにしようなどと……。よくもカエルの皮膚から分泌する毒を正座汁の鍋に入れたな)
 大地に降りた藍万古は、肩を上下するほど敵に怒っていた。
(ふふふ……。乾燥したカエルからは毒は出ぬと分かった後じゃったゆえ、油断したな。有毒なものはこちらで仕込んでおいたのさ)

 昨日の夕方、生物研究所の研究員もふたりやってきて、白いゴム手袋をはめ、調理中だった器具や台の上の菌を採取した。
 そのうち、帰宅した生徒さんたちから次々と電話が入ってきた。
「うちの娘が目の痛みを訴えて、すぐに病院に」
「娘と参加した、『正座汁作り』の正座汁を飲んだら、急に貧血気味に……」

 藍万古が研究員にカエルの話をすると、
「アマガエルも他のカエルも表面の皮膚から、人を害する毒を分泌するのです。カエルを触ったら手を必ずよく洗う! これは鉄則です」
 研究員の説明を聞いて、後ろの方にいたひよりちゃんが、泣き出した。
「し……知らなかったわ。エメどんに毒があったなんて……」
 研究員が気づいて、
「お嬢ちゃん、大丈夫。アマガエルの毒は命に関わるほど悪性はないから、触った後、手をよく石鹸で洗えば害はありませんよ。目をこすったりしなければ」
 ひよりちゃんはしばらく泣いていたが、ようやく泣きやんだ。

第十一章 座力

「兇つ奴の仕掛けたカエルの毒は、もっと毒性が強いものかも……」
 藍万古は押し寄せる罪悪感をどうすることもできずに、兇つ奴に向かった。
「私のせいで、生徒さんたちが傷つくことは許さん!」
「若造の分際で大きなことを……。座ることしかできぬ腰抜けのくせに」
 兇つ奴はボサボサ髪を乱暴に分けると、いっそう獰猛な目つきで藍万古を射抜いた。
「(座ることしかできぬ?)――正座に、どれほどの力を秘められているか教えてやろう」
 藍万古は社務所の屋上に着地すると、膝をついて正座の所作をし、泰然と正座した。兇つ奴はそれを見てほくそ笑む。
(ふふふ……、自ら動けんように封じこめたようなものじゃ)
 藍万古の周りの枝をめぐり隙を探っていたが、いつまでたっても隙が見つからない。
(ぐぐぐ……)
 兇つ奴の顔が歪む。
(おのれ、強力な【座力(ざりき)】を感じてスキが見つからぬ。藍万古の正座を見ていると全身の力が抜けていく―――)
 遂に耐えられず、兇つ奴はうめいて社務所の屋上に転がった。 

 しかし、藍万古が近づいた時、兇つ奴の手には鋭い匕首(あいくち=短刀)が握られていた。腕をつかまれ胸ぐらをつかんで引き寄せられたその時――。
「ワン!」
 飛びこんできた、ふわもこの大型犬が兇つ奴の腕に咬みつこうとした。
「座犬号(ざけんごう)! 咬みついてはいかん!」
 藍万古はすぐに犬を制して、すまほで警察官を呼んだ。
 兇つ奴を捕獲したまま階下へ下りようとした時、麗歩さんとぶつかりそうになった。彼女は気分が回復するのを待って帰宅するつもりで神社の社務所で休んだままだったのだ。うつろな目をしていて、見づらい様子だ。
「いくら目をこすってもよく見えないのです。どうしてしまったのかしら」
「しまった! カエルの分泌する毒が視力に影響したんだ!」
 藍万古は兇つ奴を警察官に引き渡し、麗歩さんを病院に運んだ。

第十二章 正座汁と正座弁当

(ハイ、ここから再びおいら座タロウがナレーションね!)
 運良く手当が早かったこともあり、麗歩さんの目は、2日ほど眼科に入院すれば元通り見えるようになったんだって。
 麗歩さんは病院の入り口で迎えに来た、藍万古とつどいに出会った。おいらは麗歩さんのチモリンダちゃんとつどいのキャリーに入っていた。
「いかがですか? 目の具合は」
 藍万古が尋ねた。
「ご心配おかけしました。もうすっかり」
「謝らなければならないのはこちらです。兇つ奴という正座を妬む賊が忍びこみ、鍋にカエルや他の毒を仕込んだらしい。警備や検査を怠ってしまい、申し訳ありませんでした」
 藍万古は病院のロビーで膝をつき、正座して頭を下げた。患者さんや、病院の受付の人が見ても崩れない座礼の姿勢だ。
「警察の方から事情は聞きましたわ。お気になさらず」
 麗歩さんは藍万古に立ち上がるように言った。

 藍万古が入り口に車を取りに行くために走って行った。
 つどいは花壇の前のベンチに座るよう麗歩さんに言って、キャリーからおいらとチモリンダちゃんを出してくれた。
「わ~い、良かったね! 麗歩さん」
「チモも心配ちたのよ」
「ありがとう、あなたたち」
 いい匂いの麗歩さんに抱っこされて、順番に頬ずりしてもらった。
(でへへ~~♡)
 車に乗りこむと、つどいが言った。
「明日はさっそく、藍万古料理教室で完成させた『正座汁』と四角料理のハコ詰めで麗歩さんの退院祝いだってさ!」

第十三章 正座汁で退院祝い

「正座汁と料理の基本」
 四角いフグから作ったフグ節を作り、出汁(だし)を取る。
 具材をすべて四角にそろえて切る。
 お雑煮を参考に四角い切り餅を主に。具材の蟹の足は正座している足を表す。
 お膳の料理は、ビーフの角切り、チョップドサラダ、四角いハムのサンドウィッチ。正方形春巻き、じゃがいもと大根のサイコロ切りの煮物。キュウリの角切り漬物。デザートにパイナップルやリンゴのキューブ切り。ご飯は四角マメご飯。そして、角たこ焼き!

『正座汁』完成と麗歩さんの退院お祝いが、恋美兎神社の会議室で行われた。
 皆さん、各自で作った料理とお汁だが、美味しくいただいた。
 窓から小鬼がまた入ってきた。今日は赤くなく、よく見ると、邪鬼の天燈鬼ではないか。
「これ、この前、お汁を吐き出したお詫びやねんけど、受け取ってや」
 照れ臭そうにプラスチックの昆虫入れを差し出す。中にはアマガエルが一匹入っている。
「まあ、エメどん!」
 テーブルから、ひよりちゃんが走り寄った。
「この瞳の輝きはエメどん! 間違いないわ! 生きていたのね、良かった~~」
 ひよりちゃんは容器ごと抱きしめた。
 藍万古先生も微笑んだ。エメどんにジェラシー気味のパトのご機嫌が良くない。あ~~あ。


おすすめ