[434]お江戸正座46


タイトル:お江戸正座46
掲載日:2026/10/27

シリーズ名:お江戸正座シリーズ
シリーズ番号:46

著者:虹海 美野

あらすじ:
おきさの住む長屋は、住人同士がとても仲がいい。おきさの家の向かいには、ひとつ年上の大五郎とその家族が住んでいる。
大五郎は、仲間からけんかの誘いがあればすぐに助っ人に行ってしまう。
一方のおきさにも手習い友達ができたが、どちらも裕福な家の子のようだ。
ささいな違いを知ってか知らずか、おきさは、長屋育ちの穏やかな視線で周囲を見つめている。
ある日、大五郎の元へおはるというお姫さまのような娘がやって来て……。

本文

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1

 おきさの家は、裏長屋にある。大家も、同じ長屋の住人も、いい人たちばかりである。おきさのお父ちゃんは、米問屋に通いで勤めている。お母ちゃんは時折仕立てなどの内職をするが、基本的にはお父ちゃんの稼ぎで生活している。
 おきさの家は、子がおきさ一人だし、お父ちゃんの稼ぎでやっていけているので、比較的ゆっくりとした暮らしである。
 一方で、向かいの二間に分かれて住んでいる大五郎の一家は、年の近い子どもが五人、そのうち二番目に生まれた娘、お次(つぎ)を除いて男の子ばかりで、わあわあと大層賑やかである。と言っても、大概は、そこの五番目の子の大五郎が何かことを起こすとか、腹を立てるとかで、それに大五郎の家族が巻き込まれている様子である。長屋の住人は、それを見かねて、うちの店の残りの饅頭をもらったから、子どもたちどうだい? とか、ちょいと大五郎、こっちで力仕事が必要だからひとつ手伝っちゃあくれねえか、とか、大五郎、今、唄の稽古を生徒さんにつけているんだけど、一緒に聴いてやってくれないかい? お客さんがいた方が張り合いもあるってえもんだろ、とか、声をかける。家で暴れて引っ込みのつかなくなった大五郎は、渡りに船で、腹が減ったって、兄ちゃんがうるさかったからよ、とか、仕方ねえなあ、手伝ってやらあ、とか、俺はなかなか唄に関しちゃあうるせえんだ、その生徒さんてえのは俺を満足させられるのか? とか、一丁前のべらんめえ口調で答え、大人は笑いたいのを堪え、さすがは大五郎だ、とかなんとか言って、その場を落ち着かせる。
 おきさは、大五郎よりひとつ下で、大五郎の家とも特に親しかった。といっても、おきさは大人しい娘で、大五郎のように騒いだり、暴れたりするわけではないが、大五郎は年下のおきさには親切で、腹を立てることがなく、何かを決めて先を歩くのが好きな大五郎と、大人しくついていくのが楽なおきさは妙に馬が合い、大五郎はおきさの面倒をよく見てくれたものだ。
 おきさのお母ちゃんの内職が忙しい時には、大五郎のお母ちゃんが声をかけてくれ、おきさも大五郎のところで夕飯を馳走になる。子どもたちの食事が終われば、ささっと、おきさのお父ちゃん、お母ちゃんのおにぎりとお菜を盆に載せて持たせてくれる。
 大五郎のお母ちゃんは煮豆を作るのがとてもうまくて、食の細いおきさでも、しっかりと食べられる味である。
 大五郎の家は、大五郎の姉のお次を除き、男の子ばかりで、食事の席は大層騒がしい。大五郎のお父ちゃんは野菜の振り売りをしているし、一番上の兄ちゃんも魚の振り売りをしているから、そこで残ったものなんかも、大五郎のお母ちゃんが上手に料理して、皆で食べられるようにして出してくれる。それを、皆がこぞって食べる。「お替り」という声が常に発せられる。
 そうした中、おきさは背筋を伸ばして、着物を尻の下に敷き、膝をつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、脇は締めるか軽く開く程度、足の親指同士が離れぬように正座し、狭い座敷にきちんと座り、箸を進める。
 長屋同士、同じ敷地内の仲だから、ご相伴に与る時は、茶碗と箸は、自宅から持って来るのが、ここでの暗黙の了解である。
「本当におきさちゃんは行儀がいいねえ。あんたらも見習いな」と、大五郎のお母ちゃんが言う。
「今は飯の時間だろう」
「そうだ。行儀の時間じゃねえ」
「ちげえねえや」
 そんな声とともに、また「お替り」の声がする。
 たまに、ほかの長屋の子が混じることもある。
 おきさの家に誰かが来ることもあるし、「今日は誰々のところが忙しいから、これを持って行って」と、おにぎりの載った盆をお母ちゃんに持たされることもしばしばである。
 そういうことがお互いさまで、長屋の中では、誰がどんな人か、みんなわかっていて、助け合いが当たり前、子どもに関しては、ちょっとした親戚のような感じで、どの家の中も知っていて、ごくごく当たり前に腰高障子を開け、用件を言いに行ったり、何かを差し入れたりする仲である。
 だから、きょうだいのいないおきさにとって、大五郎は兄とまではいかなくとも、従兄よりも近しい存在だった。
 おきさが手習いに行く年になり、初めこそ、大五郎が連れて行ってくれていたし、帰りも一緒であった。だが、大五郎は兎に角、体も大きいし、威勢もよかった。だから、大五郎は同じ年の仲間はもちろん、手習いで一緒の年上で、けんかの強い子とも仲がよかった。
 手習いの帰りなんかは、大五郎とおきさが一緒に帰っていても、「大五郎、隣町の奴らと決闘だ。一緒に来てくれ」、なんて声がかかるのは日常茶飯事で、大五郎も心躍らせた様子で、「合点だ」と走って行く。そうして、「おきさ、先に帰ってろ」と、走り出しながら、おきさを振り返るのも、また日常である。
 そのうちに、おきさは、「もう慣れたから一緒じゃなくていいよ」と言い、早々に大五郎と一緒の手習いの行き来を諦めた。
 同じ長屋で育ち、同じ井戸の水を使い、時々は同じ飯を食うけれど、まるで自分と大五郎は違うと思う。もし、大五郎と親友のような仲なら、一緒にけんかにも駆けつけるはずだし、大五郎の方でも一緒に来い、と言うだろう。けれど、大五郎は先に帰れと言うし、おきさだって、それを遮って一緒に行くという気にはならない。
 大五郎のお母ちゃんは、「あんた、世話になっているうちのおきさちゃんじゃあないか。いつから義理を欠く子どもになったんだ」と咎めたが、「大五郎のお母ちゃん、大丈夫。手習いはそんなに遠くないし、私も友達ができたから」と言った。
「そうかい? なんだか悪いねえ」と、大五郎のお母ちゃんが申し訳なさそうにするが、友達ができたのは嘘ではなかった。
 今年同じ年で手習いに入った女の子は、おきさのほかに二人いた。手習いに慣れると、弁当を持って行くようになった。その時に、「一緒に食べよう」と声を掛けられ、仲良くなっていった。二人ともおしとやかで、声を荒げたり、下品なことを話したりすることはないし、箸遣いもきれいだった。
 この日、本当にたまたま、大五郎の家からのおすそ分けの煮物と魚の切り身の入った弁当をおきさは持参していた。
 ほかの二人は、それをもう少し華やかにした弁当で、家の女中さんが作ってくれたと言っていた。
 この時、おきさは、女中さん、という言葉をよく知らなかった。おきさのところのように、長屋の大五郎のお母ちゃんが作ってくれたお菜(さい)、のようなものだと思っていた。

2

 おきさの住む長屋は、先にも述べたように、住人同士がとても仲が良かった。長屋には、勤め先が菓子屋や茶屋の者もいたので、幼い頃から、ちょっとした菓子や、それほど高くなくとも茶を飲む習慣はどの家でもあった。独り者の男の人のところでも、おかみさんが茶を淹れるついでにと、酒ばかりだと、茶の味を忘れるよ、とかなんとか言って、茶の入った湯呑を上がり框に置いていく。それに饅頭が添えられることもあった。
 長屋の住人は、皆新しく買うにしても古着屋で、新しいものを仕立てることはなかったし、季節に応じて一着きりで、たまに洗濯する時にはふんどしでいるという輩もいたが、おきさには、向かいのお次が、お古の着物を譲ってくれたりしたから、ずっと同じものだけを着ている、ということもなかった。
 だから、おきさは、手習いでほかの二人が~屋さんのお菓子を昨日食べた、と言っても、ああ、あそこのお饅頭、とてもおいしいね、などと応じられたのである。向こうは、その店で一番高い練り切りの菓子で、おきさはそこの一番庶民向けの饅頭(しかも売れ残りをもらうことが多い)であっても、同じ店の菓子、というところまで話せば十分で、子どもというのは、そこまで深く話さぬものだから、なんとなく、同じような感じで育ったような思いがしていたのだった。
 ほかにも、二人がお針のお教室に一緒に通うと言い出した。
 おきさちゃんも一緒に行こう、と誘われた。
 おきさは、家に帰って、お母ちゃんにそれを言ってみた。
 お母ちゃんは時々、内職で針仕事をしていたから、その手を止め、「それなら、そのうちお母ちゃんが教えるから、必要ないよ」と言った。
 それをそのまま言うと、「おきさちゃんのうちは、お母ちゃんがお針の先生もできるのね」と感心された。
 江戸っ子がこぞって食べたがる高値の初鰹も、大五郎の家で、早々にご相伴に与ったので、割と早く食べた。まあ、夕方に食べて、当たるといけないからと火を通したが、それはそれである。
 それを聞いた二人は、「うちはまだなの。おきさちゃんちはすごいのねえ」と感心していたのだった。
 年を追い、二人は踊りや唄を習いに行くと言った。
 いずれ、お嫁入りの時に、そういうことができた方がいいから、とお母ちゃんが言っていたとか、お父ちゃんが通いなさい、と言ったからだと話す。
 へえ、とおきさは、二人の話をにこにこして聞いていた。
 おきさちゃんは、お稽古に行かないの? と訊かれた。
 おきさの住む長屋には、長唄指南をしているおかみさんがいた。
 たまに、おきさのお父ちゃんの店の米を頼むことがあり、少しばかりおまけして、それをおきさが持ってゆくと、お礼というのではないけれど、と言って、唄を教えてくれるのである。
 歌の指南をしているおかみさんは、背筋を伸ばして、着物を尻の下に敷き、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、脇はしめるか、軽く開く程度、足の親指同士が離れぬようにし、どういう塩梅かわからぬが、その姿勢で、大層しっかりとしたきれいな声を出すのである。
 普段から、その指南や、おかみさんが一人で歌う声が聞こえていたから、おきさは自然と唄を覚えた。
 二人の前で、「時々、先生のところに行って、教えてもらっているけれど」と前置きし、おもむろに、手習いの座敷で背筋を伸ばして、着物を尻の下に敷き、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、脇はしめるか、軽く開く程度、肘は垂直におろし、足の親指同士が離れぬようにし、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように正座する。
 普段、あまり口数の多い方ではないおきさが、すう、と息を吸い、一点を見つめ、しん、とした静けさを作り出す。
 周囲の子らが、おきさを見る。
 そこには大五郎もいた。
「おい、おきさ、何をおっぱじめんだ」と茶化した子どもに「黙れってえんだ」と、大五郎が声を低くして、睨みを利かせる。
 手習いの先生も、おきさの方を見て、周囲の子に口の前で人差し指を立て、静かに、と目で伝える。
 線は細いけれど、高らかで、芯のある歌声が、子どもたちの喧騒でざわめく広い座敷に響き渡る。
 おきさは正座し、背筋を伸ばしたまま、歌い続ける。
 子どもらが、目を見張る。
 よく唄を聞いているし、一応は先生に教えてもらっているわけなのと、そこそこに筋がいいのとが重なった。
 おきさが歌い終わると、しん、と辺りは静まり返り、それからわっと、子どもたちが駆け寄る。
「おきさちゃん、すごいや」と、拍手喝采で、二人の友達も、「おきさちゃんは、ずいぶん小さい時からお稽古に行っているのね」と感心する。
 おきさは、お稽古、と言われても、どうにもぴんとこない。
 曖昧に首を傾げてみせるだけだった。
 それが、実はできるのに威張らない謙虚な性格だとみなされたようで、おきさは、またしても、友達二人に感心されるのであった。

3

 友達二人がお稽古通いで忙しくなった頃、おきさはおきさで、大五郎のお母ちゃんの煮豆作りを手伝ったり、お母ちゃんの仕立ての仕事を見ながら、端切れでお針を見よう見真似で練習するようになった。
 そうして、たまに唄指南のおかみさんのところに米を届け、唄も習ったりした。おかみさんは、おきさの唄がとてもいいと言い、何なら弟子にでもなるかい? と冗談半分、本気半分に言ってくれるのだった。
 そうして、唄の指南をしているおかみさんの家を出ると、井戸のそばで、大五郎がどこを見るともなく、ぼんやりとしていた。
 いつもとは違う様子に、おきさはどうしたのだろう、と思う。
 そういえば、最近、大五郎の家はけんかをあまりしていない。
 要するに、大五郎が大人しいということだ。
 大五郎ももう、手習いを終える年で、そうすると、あまり騒がなくなるものなのか、とおきさは思いもしたが、大人になっても騒々しいひとは、いくらでもいるのがお江戸でもある。
 大五郎は、おきさに気づくと、「お前はすごいな」と言った。
 一体、どうしたのだろう。
 こんなふうに、しんみりと大五郎がおきさを褒めるとは。
 これまで、おきさが手習いで唄を披露した時には、「本当にこいつはてえしたもんだ。みんなにも見せてやりたかったよ。先生も、普段は金持ち自慢の子どもも、みいんな、おきさの唄に聞き入って、誰も何も言わねえ。さすが、おきさは俺が毎日面倒みているだけのことはあるってえもんよ」と、威勢よく言ったものだが(その後、「何が面倒みてる、だい。この子は調子に乗って」と、大五郎のお母ちゃんがすかさず言った)、今回は、いつもの威勢がない。
「何もすごくないよ? 大五郎だって、大五郎が私の面倒を見ているからだって言ってたのに」と返すと、「俺はなんにもできちゃあいねえよ」と言う。
 いよいよ、おかしい。
 おきさが、まじまじと大五郎を見る。
「お前は、裕福な家の子どもと、全く構えずに、見栄を張らずに、肩を並べてるんだ。自分で気づいてないだけでな。それがどれだけすごいことか。俺には到底無理だ」
 裕福な家の子ども……。
 おきさは首をかしげる。
 確かに、大きな家に住んでいる子どもも手習いには来ている。
 多分、おきさの友達もそうだ。
 けれど、それを羨ましい、と思ったことがなかった。
 この長屋自体の部屋数を考えれば、その大きな家と、そう変わらない、とおきさは思う。
 まあ、それを誰が持ち、そこに住まう人の持つ金銭の量だとか、家族とともに住まうのが使用人であるとかといった違いは大きいには大きいが、その暮らしをしていないから、おきさには、比べる気も起きない。
「そんなことないよ。大五郎は、お金があるとかないとか、そんなことより、もっとすごいよ。自分の力だけで、初めて会った子どもとけんかして、負けたことがないんだから。きっと、ほかのことでも負けないと思う」
 おきさが言うと、大五郎は顔を上げ、少しだけ明るい表情になったのだった。
 そんな折、長屋に珍客が訪れた。
 否、珍客と言っては失礼か。
 大層立派な身なりのお姫さまのような、おきさよりいくつか年上のおはるさんという娘さんだった。
 このおはるさん、前より大五郎と知り合いだったようだ。
 来てすぐに、長屋の住人に饅頭を配ってくれ、やおら、大五郎の家に上がり込んだ。
 まあ、その美しい装い。
 おきさの友達もきれいな着物だと思っていたが、もう、物の良しあしのよくわからぬおきさでも、驚くほどに格が違う。
 おはるさんが、普段おきさが出入りしている大五郎の家で、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、肘は垂直におろし、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、真っ白な足袋を履いた足の親指同士が離れぬように正座をしている。
 そうしてそこで、おきさは、先日大五郎が何を言わんとしていたかを知った。
 大五郎は商家に奉公に出たかった。
 それを察したおはるさんが、力を貸してくださると言う。
 長屋の住人も、大五郎が何かを思っているのを、知っていて、様子を見ていた。
 ああ、大五郎が静かだったのは、それでだったのか、とおきさはようやく合点したのだった。

4

「失礼いたします」
 その声とともに、家にやって来たのは、大五郎である。
 土間で履物を脱いで揃えると、上がり框で背筋を伸ばし、脇は締めるか、軽く開く程度、肘を垂直におろし、着物を尻の下に敷き、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬように正座する。
 そうして、座礼。
「お茶をお持ちしました」
 この家には襖がないので、そこは開ける振りで、また襖を閉める振りをして、座敷に上がる。
 盆に載っているのは、茶ではなく、煮豆である。
「おお、ありがとう」と、お父ちゃんがぎこちなく頷く。
「失礼します」と言い、大五郎が座礼をし、そこにはない襖を開け閉めし、部屋を出て行く。
 これまでのように、「おおい、おきさの父ちゃんか母ちゃんいるか」と威勢よく、足でがらりと腰高障子を開けていた大五郎に、「おう、いるよ。入りな」というやり取りは、ここのところない。
 ほかの家でも、大五郎は、同じように折り目正しい。
 正直、やりにくいと言えばやりにくいが、大五郎の将来がかかっているのだ。
 大五郎はおはるさんの伝手(つて)で、礼儀作法を学びに行っている最中で、先生が言うには、短い時間で礼儀作法を習得したいのなら、普段の生活から改めるのがよい、と言われ、その通りにしている。その絶好の練習が、この長屋であった。
 しょっちゅう、お菜のおすそ分けや、何かの用事でやり取りのある人間関係である。
 ここで、大五郎は奉公人として振る舞い、きちんと礼儀作法を学べば、自然と身につく。
 これまで好き勝手に振舞っていた大五郎。
 あんまり根を詰めると、続かないんじゃあないかい、と言う周囲の心配にも、俺はそんなにやわじゃねえ、やると決めたらやるんだ、と言い張った。
 そのうちに、長屋のほかの住人も、同じように、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇は締めるか軽く開く程度、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、肘は垂直におろし、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬように正座するようになった。
 これまでは、よその家の腰高障子をそれこそ勢いよく開けていたが、今は手を揃えてそっと開け閉めするようになった。大家は、「なんだか落ち着かねえなあ」と言いながらも、「これで、ここの長屋が長持ちするてえもんだ」と笑う。
 たまにやってくる振り売りなんかは、「なんだ、ここは、妙に皆さん行儀がよろしいことで」と、驚く。
「ええ、私ら、礼儀作法にはちょいとうるさくてね」、などと軽く返し、ほほほほ、と笑って見せるのであった。

5

 その甲斐あってかどうかはわからぬが、大五郎の所作は格段によくなった。
 そうして、あの親切で豪儀なおはるさんのはからいで、大五郎はなんと札差への奉公が決まった。
 これには、長屋の住人も腰を抜かすほどに驚いた。
 おい、この長屋始まって以来の大出世じゃないか、と騒ぎ、大家は、そんなこたあねえ、札差のひとりやふたり、と言いかけ、黙ったのだった。
 おきさは、大五郎のために、お母ちゃんに端切れを分けてもらい、お守り袋を作った。大五郎のお母ちゃんも作るかも知れないが、こういうものは幾つあっても、いいと思った。
 おきさは、大五郎が奉公へ上がる前日、井戸のそばにいた大五郎に、「これ」と、お守り袋を渡した。
「ありがとうな」と大五郎は笑い、その場で長い紐を手に取り、首からかけた。
「こうして、これがおきさだと思って大切にするからな」
「うん」とおきさは頷いた。
「おきさは、この先、どうするんだ?」と、大五郎が訊いた。
 おきさは首を傾げ、「まだ何も決めてない」と答えた。
「そうか」と、大五郎は笑った。
「おきさは、おきさのままでいてくれ」
「私は大五郎にはなれないから、おきさでいるよ」と言うと、「それもそうだな」と、大五郎は笑った。
「俺さ、札差で、辛くても絶対にやめないで頑張るよ」
「うん」とおきさは頷く。
「だから、時間はかかるかも知れねえが、いつか、番頭になって、そうしたら、おきさを番頭の妻にして、もし、子どもが生まれたら、番頭の子にするんだ。だから、それまで、おきさ、待ってられるか? おきさのままでさ」
 おきさは瞬きし、大五郎を見る。
 そうして、「うん」と返事をした。
 なぜか、騒がしい長屋はどこも静かで、誰も出て来ない。
 まさか、腰高障子越しに、みんな、井戸のそばにいる大五郎とおきさの様子を窺って、おきさのお母ちゃんなんかが涙ぐんでいるとは露ほども思わなかった。

6

 さて、大五郎が札差に奉公に行き、長屋はずいぶんと静かになった。しばらくの間は、大五郎のお母ちゃんも井戸で米を研ぎながら、時折目元を拭いていた。大五郎のお父ちゃんも、「今日はいい野菜があるんだ。これで大五郎に、」と言いかけ、俯くことが続いた。子どもが多い家だから、大五郎が札差の奉公に出て寂しくない、というわけではない。
 周囲も気を遣い、「ほら、これ、売れ残りじゃなくて、たまには店に貢献して、買った饅頭なんだ」と持っていったり、うちでも、「うちの店に新米が入ったよ」とか、それぞれに差し入れをしては、力づけに行っていた。
 おきさも、大五郎のお母ちゃんに習った煮豆もだいぶ上手になり、家でも煮炊きを任されるくらいになり、お針の方も上達した。
 そんな折、長唄を教えているおかみさんのところに、来客があった。年配の夫婦で、お三味線を作る職人さんで、時折、おかみさんのお三味線の修理もしていると言う。
 入れ違いで、おかみさんの家に米を届けに行ったおきさに、おかみさんが、週に三度の手伝いに行く気はないか、と尋ねた。
 今来たお三味線を作る職人さんのおかみさんが、もう年でゆっくりしたいと言い出し、それならば江戸を去ろうか、だが、そうすると長年懇ろにしてきたお客が困る、と。
 それで、もし、料理や針仕事ができて、音曲を少しばかり嗜む子がいればいいのだけれど、という話らしかった。
 まずは、お母ちゃんに訊いてみないとね、と唄の指南のおかみさんが言った。
 そうして続けて、そうそう、その勤め先ね、大五郎の奉公している札差のすぐそばなんだよ、と付け加えた。
 最近、大五郎の作法を見習い、丁寧に腰高障子を閉めようとしたおきさは、ふと顔を上げた。
 唄の指南のおかみさんが、柔らかな笑顔で頷いていた。

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